『秘密 〜生徒に恋して』の扉

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『秘密 〜生徒に恋して』の扉

部屋の外で、キーーッという派手な自転車のブレーキ音がして、葉月(はづき)は窓から外を覗く。 下を見ると、1LDKの簡素なマンションの専用駐輪場に、茶色いクセのない髪の頭が見えて、慌てて入口に走って行く悠也(ゆうや)の姿が見えた。 鍵を開けて、悠也が来るのを待つ。 コンクリートの階段を蹴るスニーカーの音がしたと思ったら、インターフォンを連打する音と、ドアノブをガチャガチャさせる音が同時に鳴り響いた。 「うわっ! 開いてた!」 「お疲れ様。別にそんなに慌てて来なくてもいいのに」 「いや、慌てるよ! ずっとバイトだったから、ライン見るの遅れてごめん! 葉月さん、採用試験合格おめでとー!」 悠也が背中の後ろから小さな花束をサッと出し、葉月の眼の前に突き出した。 花束を覗いてみると、明るいオレンジと薄いピンクのガーベラ数本を、清楚なカスミ草が取り囲んでいる。 「葉月さん、前にガーベラ見ると元気になれるから、好きって言ってたから」 「覚えててくれたの? すごく嬉しい。綺麗……。ありがとう」 咲き誇る花たちにも負けないほどの葉月の(ほころ)んだ顔に、悠也も満面の笑みだ。 「でさっ、今からお祝い行こっ!  俺が奢るからさ! 実はこの日の為にずっとバイト代の一部を貯めてたんだ。 葉月さんの合格祝いに、豪華ディナーをご馳走するつもりでさ。 去年は、熱出して受験できなかっただろ?だから資金も2倍に増えてるんだぜっ!」 「そうだったの? 嬉しいな〜。じゃ遠慮なくご馳走になろうかな」 「おうっ! もう泥舟に乗ったつもりで任せときな!」 「悠也、それ言うなら『大船に乗った』だよね」 「おぉ、そうだった! もう今日の俺は豪華客船ランクだな」 「よしっ! 頼もしい! じゃ出掛けよう」
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