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タクシー運転手y
今日も暇である。タクシー運転手yは、いつものように、京都の端にある駅の構内のタクシー乗り場で、客を待っていた。自分の順番が回ってくると、睡魔と闘いながら、ひたすら、遠距離客が乗るように、期待して待っていた。
すると、京都人ぽい中年の貴人のような、男性が乗ってくるではないか。年恰好からして、40過ぎの中年男性である。
中年男性は、「老いの坂の近くにある、鬼の墓に行ってください」と物静かに、一言、言った。
運転手yという男は、見た目は、40過ぎに見えるが、実際は50代中盤で、見かけは、親切そうな運転手である。しかし、タクシーの運転手というのは、十くせぐらいあるもので、見かけが良くても、腹黒い運転手も多い。この運転手yがどうなのかは、いまは、分からないが。
運転手yは、タクシー乗り場から、タクシーを発進させると、中年男性客に話しかけた。
「お客さん、京都人ですか。」
中年男性は、「京都人と違うんどす」と答えた。
運転手yは心の中で、「京都人じゃないか」と思ったが、客を不愉快にさせても、いけないので、心の中で、その思いを封印した。タクシー運転手は、基本的に、客が「最近暑いですね」と言ったら、「暑い」と言わなければならないし、客が「最近寒い」と言ったら「寒い」と言わなければならない職業である。運転手yは、真面目な性格で、運転手を始めたころは、嘘をついてまで、客に話を合わせるのかと、嫌がっていた。しかし、タクシー運転手を20数年勤めると、すっかり、運転手の世界に染まり、苦痛を感じなくなっていた。本心でない事を言えば普通は嘘をついていることになるが、本心でない事を言っても、「演じている」という言葉によって片付けてしまい、純粋な心を失てしなっていたのである。
車は、老いの坂のトンネル付近に近づいてきた。
「お客さん、トンネルの手前の道から、行くルートとトンネルを通り過ぎてから、行くルートがあります。どちらのルートから行きましょうか。」
返事がないので、「トンネルを抜けてから行きますね」と言って、運転手yはトンネルに侵入した。
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