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「岸野くん」 進級して最初の選択授業が終わり、 教室で勉強道具を片付けていた僕は、 初めて彼に声をかけられた。 珍しく彼の取り巻きは、 天文サークルで一緒の、佐橋だけだった。 佐橋は彼の隣にいて、 穏やかな眼差しで、僕を見つめていた。 「は、はい」 まさか、僕の名前を彼が口にするとは。 氷のような目で、僕は彼を見てはいないか。 大丈夫か。 動揺の余り、おどおどと返事をした僕に、 彼は満面の笑みを浮かべて、近づいてきた。 「佐橋から聞いたんだけど、岸野くんて、 ノートの取り方がすごく上手なんだって? ちょっと見せてくれないかな」 「あ、はい」 ノートを両手で持ち、彼に手渡した。 「ありがとう」 居た堪れなくて彼から目を逸らすと、 また佐橋と目が合ったが、 何故か意味不明な目配せをされた。 「字がキレイだね。書道、習ってた?」 「父が仕事の傍ら、書道の師範をしていて。 その、影響です」 「すごく見やすいし、講義の内容が板書 以外に事細かに書かれてるよね。ここまで メモが取れるって、すごい集中力だよ」 興奮冷めやらぬ様子の彼から、 そんな言葉が出て恐縮した。 「あ、ありがとうございます‥‥」 言葉に詰まり俯いた僕を見て、 佐橋が近づきながら、 あれ?と口を挟んできた。 「岸野って、川瀬と初めて話した?」 顔を上げ、僕は黙って頷いた。 「僕と話す時、そんなに緊張してないのに。 もしや、人見知り?」 「あ、まあ、そうだね。うん」 「せっかくこうして話せたんだし、いっそ 連絡先でも交換して、ご飯行っちゃえば? 川瀬、こう見えても、結構ぶっちゃけ キャラで楽しい奴だよ」 「こう見えてもって何だよ、佐橋」 「まあまあ。ほら、次の授業始まっちゃう し、2人ともスマホ出して」 言われるがままスマホをポケットから 出すと、彼は一足早くLINEのQRコードを 用意していた。 震える手でスマホをかざし、 それを読み取った。 「よろしく、岸野くん」 まっすぐ僕に向かって微笑む彼に、 お願いしますと頭を下げた。 これは、夢ではないのか。 始業のチャイムが鳴って、慌てて3人で 教室を出た。 彼は別れ際に、 連絡するねーと手を振ってくれた。 彼の隣にいる佐橋は、 相変わらずの穏やかな微笑み。 まさか、僕の気持ちに気づいてる? 次の教室に走りながら、 熱くなる耳を片手で触れた。
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