06 楽園喪失

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 鷹峰 凪沙のデスクが片付いていることに気づいた。猫のぬいぐるみやミニチュアハウスが並んでいたのに。  シュウの視線に公方が応える。「アナタの追っかけちゃん、辞めたのよ」 「辞めた……」 「来て早々、お目当ての景宮クンは関東へ行っちゃうし、ワタシと二人で退屈してたし。そこへオメデタがわかった」 「おめでた……」 「アタシいいお母さんになるの。そう言って、風と共に去ったわ」  シュウの脳裏を凪沙の変遷がよぎる。  ご令嬢→ピンクメッシュのヤンキー→ゼロ課エージェント(パート)→いいお母さん。 「いそがしいお嬢サマだ」 「メッセージ預かってる」公方はメモリスティックを差し出した。「ワタシの居る前で録画してたの。おかしくって」噴き出しそうになる。  シュウはデスクでPCを立ち上げ、スティックを挿してメッセージ・ファイルを開いた。  凪沙が映る。ミニチュア・ハウスとトラ猫のプチぬいぐるみが、机上に並んでこちらを向いている。 「シュウ、アタシ妊娠しちゃった。コトブキ退社するね。せっかく来たのにシュウはどっか行っちゃうし。一度くらいデートしてあげようと思ったのに、残念でした。アタシ、いいお母さんになる。そう決めたんだ。じゃね」一気にまくしたてニカッと笑う。唇に手を添え大げさなモーションで投げキッスをくれた。  デスクに立つ赤い屋根と白い壁のミニハウス。こんな慎ましい家が彼女の(のぞみ)なのだろう。幸せが、そこにギュッと詰まっている気がした。  あのが母親になるか……  世界を成立させる理屈やカラクリ──そんなもの、ささやかなミニハウスの前では、なんの意味も持たない。  幻で見ただけの凪沙の母を想う。魂の力で娘を救った女性(ひと)。  ──あんな母親になってほしい。  公方が不思議げな表情でこちらを見ている。 「景宮クンのそんな穏やかな顔、はじめて見た」 「え、そうですか」  気持が浮き立っているのだろうか。こんな感覚はいつ以来だろう……  メッセージは終了して、投げキッスのポーズで凪沙は静止している。映像を消すのが惜しまれて、ファイルは閉じずにおいた。  凪沙は、ディスプレイの中から、いつまでもキッスを投げていた。 file is closed
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