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〈HEAVEN のバックヤード〉とはネットに流布する風説だ。反HEAVEN派が流す中傷と言われているが……
「それは、事実なのか?」
「人格データチップをHEAVENに繋ぐスロットは、ヘヴンズドアなんて呼ばれてる。実は、システムにはもう一つ、極秘スロットがあるんだ。HELLに繋がる裏スロット。そっちはヘルズドア──地獄への扉だ」美しき者の醜悪面を暴く悦びに、コクマーの頬が歪む。
「天国に隣り合わせて地獄が有るのか」
「嘘じゃないぜ。ボクが実体験したんだからな」
コクマーの息が荒くなる。怒っているのか……
「キミは教団の脱会者なのか?」
コクマーは苦い表情を浮かべる。呼吸はさらに荒くなり、肩が上下する。「入信したフリで幸福教団に潜入したのさ。HEAVENの正体を見極めるためにな。HEAVENに繋がれて3週間暮らしたよ。でも、ボクみたいな非優遇階層が接続されたのは、裏の方だった。地獄行きだ。行った先には終末の日が待っていた」
顔はすっかり青ざめている。
怒りではない、恐怖が彼を侵蝕しているのだ。
「おい、大丈夫か。無理して喋るな」
シュウの気遣いを手で払う。
他のスタッフは彼の異変に無関心だ。目を向けることもなく仕事を続けている。
才藤を見る。
才藤は険しい顔で首を振る。「ときどきこうなる。最後まで聞いてやれ」
アブラ汗が頬を伝う。喘ぎで声は乱れる。「ボクは、そこで、さまざまなパターンの終末を体験させられた。ひどい……酷い! 惨劇がくり返される…… それに反応する住民の恐怖や絶望を収穫されるんだ。HEAVEN に居る優遇層のヤツらのために! 来るべき終末の日のシミュレーションだよッ。政府の未来予測まで兼ねてるんだ!」
げほっ。むせて喉に手をやる。そのままのけぞって口から泡を噴いた。躰は痙攣する。やがて力尽きたように脱力し、両腕がだらりと肘掛けから垂れた。「放っておけ。手助けすると、後で怒り狂う」慣れたようすで傍観し、才藤はコーヒーを啜っている。
スタッフたちも動く気配がない。
しばらく車椅子の上で死んだように弛緩していたコクマーは、やがて気味の悪い笑い声を洩らした。蘇生したかのように、のけぞった顔を戻す。唾液で汚れた口の周りをハンカチで拭った。唇は血の気が失せている。
「失礼した。HELLを思い出すと、パニック発作が起きるんだ」
「薬の用意はないのか? 危険だろ」
「薬? そんなモノは服まない。ボクは苦しみを受け止めねばならない。HEAVENの住民を過酷な現実に戻すからには、ボクもHELLの体験から逃げるわけにいかない。そうだろ?」
冷たい炎のような覚悟が、小柄な躰に漲っている。覚悟の無い政治家どもに聞かせてやりたいくらいだ。
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