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04 礼拝堂
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幸福教団本部から500メートルほどの距離にある、下水処理センター跡の地階。
メンテナンス通路を進むと、提供された情報どおり、地震に穿たれた亀裂があった。躰を滑り込ませる。亀裂の先を、人ひとりが通れる幅に掘削してある。数メートル続き、やがて教団施設へ続く排水路に出た。
30分後、点検孔から教団内部の機械室に侵入したシュウは、定時に巡回する作業員を待った。
ここまでは順調すぎるほどだ。コクマーのおかげで施設の内部を把握できている。
やがて作業員が通路の先から姿を見せた。
腰のポーチから麻酔針を取り出す。
背後から影のように忍び寄り、首筋に超小型シリンジの針を射つ。男はぐにゃりとその場に崩れた。
男の作業服を奪って着替える。作業帽は目深にかぶる。
移動を開始した。目指すはHEAVENシステム管制室だ。
HEAVENの裏スロット──HELLに送りこまれた住民が、悪夢という虐待を受けている。その証拠を掴むのだ。ロードされる悪夢プログラム、もしくは被虐待者の反応脳波パターン。
通路に設けられたゲートは、作業員のIDカードで通過した。だが、高度セキュリティ・エリアへ進むには、上位階級者のIDが必要だ。
作業用通路から礼拝堂へ出た。ここは地下1階にあたる。地上3階まで吹き抜けになり、遥かな高みにアーチ天井がある。
正面に広大なステージ。その中央奥に、巨大な天使像が二体向き合って立つ。純白のローブをまとった身の丈10メートルもある天使たちだ。互いに手を差し伸べ、うっとり上方を見つめている。
天使たちの視線が交わる処には、渦巻を象ったような教団の象徴が輝いていた。渦状星雲を思わせるそれは、彼らの神だ。
教団パンフレットの表紙を飾るシーンが、いま目の前にある。
礼拝堂は、ステージを扇の要にして拡がる。座席数は1000を超える。
礼拝日には、神を求める人々が、無法地帯の下を専用地下鉄でやって来る。これらの座席をすべて埋め、切なる願いを神に託すのだ。
いま堂内には静寂が降り、予備灯の淡い光が充ちている。
堂を横断する中央通路を進む。
「おい、47番」呼ぶ声がした。
作業員の制服には、前後ろに数字が振ってある。作業員番号だ。
タキシードに似た白い聖服に身を包み、フードをかぶった長身の青年が、縦通路をこちらへ来る。
フードを背に払い、ツルリとしたやさしい面立ちが現れた。
──結城助祭。幸福教団本部のナンバー2だ。
「助祭サマ」かるく俯いて、胸の前で掌を合わせた。上位者に対する礼節だ。
「キミ、こんな所で何をしている」助祭は不審げに訊く。
「はい。資材庫へ向かうところです。近道させていただいて」
「先ほど依頼した修理は後回しか?」
「すみません、急な呼び出しがありまして。この後すぐに対応します」
ククク。助祭は笑いだした。
「引っかかったな、ネズミめ。用など頼んでおらんわ。妨害ノイズがやけに高いと思っていたが、やはり精神テロ連中の陽動か」
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