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「へへ、知ってるぞ。ネエちゃん、臭いのに犯されるのが趣味なんだろ。だからワザワザこんな道を通る。いいって。恥ずかしがるこたあないさ。そっちの趣味は人それぞれだからな」
「アンタのお客と一緒にしないでくれる。その赤い目のむこうから覗いてる変態野郎ども、すぐに捕まえてやるぜ」
浮浪者の目から、ライブ視聴のための赤い補助光が消えた。あわててログアウトしたのだろう。小心者どもめ。だが、このキタナイ男の目玉をくり抜いて、通信ログから追跡できる。逃がしゃしない。
「おいおい、捕まえるなんて言うから、ライブの客がみんな逃げちまったじゃねえか」男は舌打ちする。「まあいいや。オマエが主演なら、録画でもいい値で売れる」男はそこで首を傾げる。「ホステスじゃねえのか。ポリには見えねえが」
サイボーグ女性警官なら上体が分厚くなる。和服は似合わない。
「女、オマエ何者だ」
「ゼロ課エージェント、ブーステッドウーマン」
「何だ? そりゃ」世事に疎い浮浪者はポカンとした。
「知らないの」鼻白む。「まあいっか、逃げ廻られなくて済むし」
「ちっとは強えのか? 空手でもやんのか。じゃあ、オレっちの力を見せてやろう。驚けェ!」
ヨレヨレのブレザーを脱ぐ。シャツを突き破って、もう一対の腕が脇腹から生えた。
「オレは戦闘型サイボーグに改造されている。人の躰なんか引き千切れるのさ。だがな、オンナにはやさしい。殺す前に四つの手で可愛がってやる」女性の姿を視線で舐め廻す。鼻の穴が拡がる。「殺すのは惜しいな…… 愛人にしてやってもいいぜ、ネエちゃん」
ネエちゃんは小さくため息をついた。
目にも止まらぬ速さで襲いかかったはずの四本の腕は、何も捉えることができなかった。路面に墨色濃淡の紅葉──脱ぎ捨てられた着物と草履だけで中身は無い。
「え?」顔を巡らす浮浪者の真後ろに、中身は立っていた。
漆黒のボディスーツ姿。結った髪がほどけて夜風になびく。鮮やかなボディラインが艶めかしい。
ずっと眺めていたい──
が、望みは叶わなかった。
喉とボディに突きが入り、追撃の廻し蹴りが側頭を薙いだ。腰に乗せられた躰は逆さまに落ちる。浮浪者に意識があったのは、そこまでだった。
腕時計型端末で、ブーステッドウーマンはミッション終了のシグナルを送る。GPS位置情報も送信される。後は待つだけだが、ヒトコト言ってやりたい。通話回線を開いた。
「あのさあ、コレってサイボーグ警官の仕事だよね。アタシの貸し出しはこれきりにしてくれる」
「わかった、わかった。所轄にアナタみたいな美人がいないのよ。ゴメンね、ナギサちゃん」チーフの公方は、しゃあしゃあと返す。
「近くに居るだけで臭いんだよ、この犯人。回収、うんと急いでね!」
さっさと引き渡して、ソッコーでシャワーを浴びたい。
浮浪者に触れた拳を嗅ぎ、凪沙は柳眉をひそめた。
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