02 廃都

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「何をしてるって?」メスを手にした使は眉を上げて反応した。「幸福を産むために不幸を作っているんだ」  ──どういう意味だ?  「不幸は幸福の燃料なんだ。不幸が無くなってしまったら、幸福という火が消えてしまうじゃないか」  確信の物言いに茫然とする。  まったく否定できるわけでもない。病苦のさなかに居る時、人はこう思う。この苦痛さえ取り除けたら、どんなに幸せだろう。それが叶うなら、他に何も(のぞ)まない──と。病苦が去った時、人は幸福を嚙みしめる。ただ、その高揚が長く続くことはない。病苦の無い日々は、あたりまえのレベルに堕ちてしまうのだ。胸の奥では、既に、他に(のぞ)むもの──このレベルから彼をもっと幸せにしてくれるもの──が頭をもたげ始めている。  まして病苦に縁がなければ、も知ることはない。  カタチを明確に持つ不幸に対して、幸福にはカタチが無い。幸福とはプラスになることではなく、マイナスをゼロに近づけることなのか。  ──少年たちの語る論理迷宮に巻き込まれかける。  幸福教団の教義には目を通したが、そのような教理の記述は当然無かった。おそらくは、使徒など上級信者のみに授けられる奥義なのだろう。 「聖書にも書いてあるでしょう。イケニエのこと」  信心の証明には生命(いのち)の犠牲が要る──と言っているのか? それとも、幸福の原資として不幸を差し出している──とでも。 「神の国を創るためにイケニエが要るんだよ」解剖を受ける少年が息絶えだえに言う。「アナタは、に敵対する人ですね」血の気の失せた唇には法悦が浮いている。  シンクロしたように、少年二人は満面の笑みをつくる。加虐者と被虐者の声が合わさり美しいハーモニーとなる── 「ボクたちは、神を(まも)るために、ここに居る」  言葉が終わる直前、シュウは最高レベルの加速(ブースト)をかけ、来たルートを退避していた。  少年使徒たちの輪郭から光が溢れる。  凄まじい爆発音が轟いた。瓦礫、店内にあるダンベル等、みな散弾と化して周囲を粉砕する。  建物の支柱が損壊して、落ちてきた上階にスポーツ店は()し潰された。  
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