魔法で消したい

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「鏡よ鏡。世界で一番美しいのは誰?」 「それはあなたでございます。白雪姫。」 白雪姫の日課は、亡くなったお妃様の形見である鏡に問いかけることだ。 「それじゃあ、世界で二番目は?」 「それは隣町の白百合姫でございます。」 「また新しい名前ね。先週は白百合姫なんて名前を聞いていないわ。世界で五番目に美しかった隣国の町娘を処刑したばかりじゃない。急に二番目が現れるなんて。」 白雪姫は、自分以外の美しい人間を許さない。お妃様と同じく、世界一の美しさを求めるようになっていた。大きくなって広い世界を歩くようになり、世界には美しい人間が溢れるほどいると知ったのだ。 彼女は王子様と結ばれて数年経った現在、世界各地の美しい姫や町娘を次々と処刑していく傲慢な殺人鬼へと化していた。昔は見向きもしなかった鏡を今は、世界中の美女を炙り出す道具として使っている。 ここ数日、鏡が「白雪姫よりも美しい」と名前を出す少女の数が異常に多い。そのせいか白雪姫は機嫌を損ねていた。 これ以上彼女の機嫌を悪くしてはならないと感じた一人の召使いが、町中を歩き回りとある噂を仕入れてきた。 「どうやら、林檎の森に住む魔女が〝どんなに醜い人間でも美しくなる薬〟を発明したらしいです。その薬の効果で、急激に美しい人が増えているのではないでしょうか。」 町の人々によると、その魔女は隣国へ出向いては薬を配っているらしい。そんな薬なんて今すぐ消し去らなければ。私の邪魔をするのならば消えてもらおう。 召使いの話を聞いて、白雪姫はすぐにその魔女の元へ行くことを決めた。 怪しまれるといけないので、白雪姫は一人で魔女の家を訪ねた。もちろん、後ろで護衛が見守っているが。 昼間なのにうっすらと恐怖を覚える程深い森の奥に、その家はぽつんと建っていた。木製の可愛らしいドアをノックすると、すぐににこやかな老女が出迎えてくれた。 「薬を作っているのはあなたかしら?その薬が一瓶欲しいの。私の妹が顔を隠したがって、外に出てくれなくて。お礼に街で一番美味しいアップルパイを差し上げるわ。」 もちろん白雪姫に妹などいない。薬を奪い取るために魔女を騙すための嘘だ。 魔女は最初の印象通りとても優しく、すぐにお願いを受け入れてくれた。 「わざわざ遠いところまで来てくれるなんて、彼女はとても大切な家族なのね。あなたの妹さんを幸せにできるなら、どうぞ持ち帰ってください。お代はいりませんよ。その美味しそうなアップルパイは妹さんに食べさせてあげて。」 「いいえ、そう言わずに受け取って欲しいわ。素晴らしいお薬をタダでいただくなんて申し訳ないもの。」 どうにかしてアップルパイを押し付けたかった。そのアップルパイには強い毒を仕込んでいるからだ。白雪姫の脅威になるような薬を生み出す、彼女に食べさせなければならない。 アップルパイを渡したくて帰ろうとしない白雪姫を居間に招くと、魔女は悲しそうな顔をして語り始めた。 「私の故郷の町は、悪い魔法使いの魔法に包まれているの。その魔法は、どんな美しい女性の容姿も醜くしてしまう魔法よ。可愛い町娘たちがみんな外にも出れず、お家に籠って毎日泣いているわ。私は彼女たちを助けたくて、この薬を必死になって発明したのよ。あなたの妹さんもその魔法にかかってしまったのかしらね。」 白雪姫はその悪い魔法使いを知っていた。なぜならその魔法使いは、彼女が美しい少女を一人でも減らして処刑する手間を省くために依頼した人物だったからだ。 魔女は話を続けた。 「それに、どこかの国の女王が美しい女性を次々と処刑しているみたいなの。まるでこの世界では美しくなることを許されていないみたいよね。」 魔女は「妹さんが元気になるといいわね。」と、微笑んで見送ってくれた。アップルパイには最後まで手をつけなかったが、テーブルに置きっぱなしにしておいたのでそのうち食べてくれるだろう。あまりにも優しい老女だったので、毒入りのアップルパイを渡したことを少し後悔する。 しかしお城に帰ってくるとそんな気持ちは消え、瓶の中で揺らめく透明な液体を飲み干した。これで生きている限り、私が世界一美しい人間でいられるだろう。ついでに魔女は死んで、魔法で美しくなれる人間は二度と現れなくなるだろう。 この時白雪姫はまだ、薬の中身は「美しくなる薬」だと疑いもしなかった。本当は薬を入れた瓶の中には、彼女自身が派遣した悪い魔法使いの「醜くなる魔法」が詰まっているのだ。 魔女は知っていた。家を訪ねてきた少女が、薬で美しくなった故郷の町娘達を処刑していた白雪姫自身であることを。そして薬は妹ではなく彼女自身が飲むことを。 「美しくなる薬」は白雪姫をおびき寄せるために開発したものだった。薬が完成したらすぐに、白雪姫を許せない民衆と団結して薬の噂を街中に流した。魔女には、美に執着する彼女ならこの薬を欲しがらないはずがないという確信があったのだ。 白雪姫が帰った後、魔女は貰ったアップルパイを魔法で消した。 明日の朝には、瓶に詰めた魔法の効果が現れる。目を覚ました白雪姫はいつものように鏡を見るだろう。そこに映った醜い姿を見て、ようやく己の罪の重さに気が付くはずだ。
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