戦争中の私と戦争中だったおじいちゃん

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【奥さんと一緒にふたりの天使を育てる新米イクメンパパ  /せどり業  /あなたが観たいステージのチケット、お手伝いします!】 (……え、こいつ家庭持ちだったの?)  転売ヤーのプロフィールの意外さに、口をあんぐりと開けた。  高額転売なんてする腐れ外道、絶対社会不適合者で恋人も家族もいない身も心も荒みきったチンピラだと思ったのに。  なんとなく固定の投稿を見る。  ふたりの女の子……小学校一年生と幼稚園の年中さんくらいの子が、転売ヤーと思しきおじさんに両側から抱きついた画像だ。 【娘さんたちを育てるために仕事がんばっちゃうぞ!】  いかにも心温まる家族写真に、そんな文章が添えられていた。  私の指が、勝手にスクロールする。転売ヤーの別のつぶやきも見る。見てしまった。 【臨時収入のおかげで、娘さんたちに新しいオモチャをプレゼントできた】 【娘さんたち、大喜び!】 【ずっと欲しがってたから、買ってあげられてよかった!】  女児向けアニメのなりきり衣装セットを着た、笑顔の女の子たちの写真。 【長女ちゃんの誕生日。大きくなったね!】 【仕事もうまくいったし、お店でいちばん大きいケーキでお祝い!】  ホールで二段重ねのショートケーキを頬張る、笑顔の女の子たちの写真。 【次女ちゃんがテレビを観て、バレエやりたいって言ってきた】 【金はかかるけど、父親として、子どものやりたいことを応援したい】 【パパ、お仕事がんばるからね!】  バレリーナのお人形と一緒に寝る、天使みたいな女の子たちの写真。  他にも同じような投稿が、たくさんあった。 「仕事って転売じゃん……」  ひとりごとが、落ちる。  何なのコイツ。めっちゃいいパパじゃん。  娘さんたちの表情が何より物語っている。『パパ大好き』って笑顔が。 (……お父さん)  無意識で、自分のお父さんの顔が胸に浮かぶ。  去年、高校生になったと同時にバイトを始めて、お金を稼ぐことの大変さを思い知った。  同時に、「お父さんとお母さんはこんな大変な思いをして働いて、私を養ってるんだ」って気づいた。  コトリ。  スマホを傍らに置いて、私は頭を抱えた。  どうしよう。  違反報告する気持ちが、萎えてしまった。 「どうした、紗智……?」  おじいちゃんにむにゃむにゃ呼ばれる。細い目が心配そうな色を帯びていた。 「ちょっと……戦争に負けちゃって」  チケット争奪戦をついついそう呼んでしまう。オタクのサガだ。  気持ちが少しごちゃついて、言葉がうまくまとまらない。けど吐き出さずにはいられなくて、おじいちゃんに向けてゆっくりと紡ぐ。 「でも、私は参戦できなくても別のファンの子は現場に行けるし。それは同志として喜ばないとね」 「……」 「それに……転売ヤーは許せないけど、家族のためにお金を稼がなきゃいけないのは理解できるし」  転売屋のおじさんも娘さんを育てるために必死なのだ、きっと。 「だから今回はあきらめよっかなって」 (現場に行けなくても配信はあるし、自宅からでも推しの応援はできるし、うん、平気平気)  へへ、と笑顔を作ろうとした私に、  おじいちゃんは言った。
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