1章 久保手山レポート事件

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(え? 空に……人?)  明らかに奇異な光景だ。  何のトリックだろう。  周りに高い木はあったけど、張っているワイヤーなんて見えない。  滞空している彼は、わずかに上下していた。  背中に生えた羽の動きに連動して。 「死ね。死ね。人間なんか、みーんな死んじゃえ」 「……人? ううん、烏?」  大きな真っ黒い翼を広げ、上空で文字通り高みの見物を決め込んでいる。 「あー? 誰が烏だと?」  私の声が聞こえたみたい。  そいつが、私の方をじろりと睨んだ。 「……ってかお前、俺が見えるのか?」  ふわっとほとんど音をさせずに舞い降りたそいつは、私に近付いてきた。  羽のついた人間。  天使と言うには禍々しい。  でも、つり上がった金色の目は神々しい。  相反する印象を受けた。  思わず、こくこくと頷いて返事をすると、樹里が隣で 「奈津? どうしたの?」  とガクガク震えながらも聞いた。  恐怖で私が混乱していると思ったらしい。 「え? 樹里には見えないの?」  私に見えて、樹里に見えない。  そんなこと今まで一度もなかった。  逆のパターンは、数えきれないほどあったのに。  この羽の生えた彼……しかも、なんか着物を着ている、裾を絞った袴を履いて、一本足の下駄まで履いている……まさに日本の昔話に出てくるような服装の彼。  その彼を、あの霊感少女・樹里には見えていないようだ。
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