23人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
記憶探し
ここは何処だろうか。
気がつくと緑の濃い大木によしかかっていた。
ここは美しい森だった。こんな現実離れの雰囲気の森にひとりでいる___という状況はどう考えてもおかしいに違いない。
おまけに自分の服はボロボロだった。
そのボロボロの服にかかる長い髪は栗のように明るい茶色をしている。革でできた靴もところどころに穴が空いており、履くのに適していない。
年月が経っているのか色が剥げ落ちて革は薄く、硬さは弱くなっていた。
早く、帰らなくては。
帰る?___どこに?そもそも私は誰?
まるで記憶が森に吸い取られてしまったかのように抜け落ちてしまっている。
今分かっていることは、衣類はボロボロになっているということ、そして大きく幻想的な雰囲気のこの森に、なぜかひとりでいる__と言うことだけだ。
これからどうすればいいのか、全く分からずに辺りを見回した。
どこまでも続くような緑の森。
吸い込まそうな美しい緑__。
どこを見渡しても緑の一色。
行く当てがないのは確かだけど、ここにずっと立っているわけにもいかない。
興味もあり、少しだけ歩いてみることにした。
*****
歩いた途中、ゆっくりと出てきたのは、廃れた古い木造の建物だった。
苔が少し生えており、随分と年季が入っている。
廃墟のようにも見えるが、普通の小さな小屋にも見える。
人気はなく、試しに声をかけるがなんの反応もなかった。コンコンと軽やかな音のノックを三回繰り返すと、中から爽やかな声が響いてきた。
よく聞くと、ドタドタと忙しなく走り回る足音も聞こえる。この家の主人は忙しそうだな。ぼんやりとそんな、なんでもないことを思いつつ声の主がドアに向かってくるのを待った。
「やあやあ!僕はルークさ!この摩訶不思議でいかにも幻想的なこの森の管理者みたいな感じかな?」
随分と明るく話しかけてきた、ルークと言う人は落ち着いたグレーの髪をしていて、目は濃い緑だった。
まるでこの森を目に宿らせたような、そんな不思議な瞳だった。ルークは思わずぼうっとしてしまった私に、話を続ける。
「んーと、君は__人間だね?しかもまだ生きてるみたい。」
私__生きて、る?
とっくにもう死んでしまったのかと思っていたので不意に涙が出てしまった。ルークは慌てたように目をぱちくりとさせ、ぎこちない手つきで私の頭を撫でる。
「ありがとう。でも私、、どこに帰ればいいの?」
不安がよみがえり無意識に乞うように聞いてしまう。よく見ると、ルークの頭には赤いリボンが巻いてある黒い生地のシルクハットが乗っていた。
随分と派手である身なりだ。
静かな色のこの森ではよく目立つことだろう。
ルークはシルクハットを傾かせながら唸り、一つの提案をした。
「僕と一緒にこっちにおいで。人間が迷い込んだときの対処法くらいなら探すことができ
るはずさ」
乾いた笑い声を上げて私の手を引く、ルーク。
「貴方__何者なの?」
気づけば、そう聞いていた。どうしてもなぜこんな人気のない森で、ひとりで住んでいるのか理解出来なかったのだ。
すると、ぴくりという瞬きと共に笑いを作っていた顔が崩れ、急に黙ってしまった。
「えっと、ルークさん?変なこと聞いてごめんなさい。それより、私の名前は何か知ってたりする?」
ルークは答えにくいと言ったように口に手を当てていたので質問を変えることにした。
こんな不思議な森の案内ができたり、住んでたりするくらいなのだから、私の名前を知っていることもあり得ないことではないのかも、と勝手に考えていたのだった。
「君の名前か。本当に__聞きたい?」
言いにくそうに、ルークは顔色を伺うように目を瞬かせそっと聞いた。
勿体ぶって、何になるのだろう?そう思ったが、私の名前が余程酷いと言う可能性も、なきにしもあらずだ......。
だがどうしても興味が勝った。
ゴクリと唾を呑んで聞き返す。
「聞きたい。私は__どんな名前なの?」
君の名前は__
『エリアス』。
最初のコメントを投稿しよう!