記憶探し

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月を映したように美しい瞳を持ち、裾のひらひらした紺色のワンピースを着た可憐な少女は愛らしく、微笑んだ。 ルークの言葉抜きに、純粋にかわいい、と思った。人形のように目が大きくて、肌も白かった。 「やあ、久しぶりだね。調子はどうかな?シャーロット、又はリリー。」 ルークは口元を緩ませて軽く笑った。 「その呼び方はやめてって言ってるでしょ、お兄ちゃん。私はリリーじゃないっ」 少女は声を荒げずにそっと言った。 心まで人形のような少女だ、と思った。 「エリアス、彼女はリリーだよ。シャーロットって呼んで欲しいだけだから、気にしないでね。」 「私はシャーロット、よ。リリーじゃないから、次そう呼んだら許さないからねっ」 その少女は不満げに声を発した。少女はやっと私に気づいたらしく視線を向けた。顎に手を当て首をコンと傾けると同時に艶のよい黒髪が揺れた。 「えっと、あなたは?この森の人ではないよね。もしかして____人間?」 「そうだよ。私は___エリアス。気づいたらこの森にいたの。」 すぐに自分の名前が、なぜかすらすらと出てこなかった。つっかえそうになるのを頑張ってこらえた。人間ということを知ったからか、少女は顔を歪めて言った。 「ねえ、お兄ちゃん。何してるの?このままじゃ........」 少女はルークに対して信じられない、というように目を見開いた。そんなルークは全く動じずに言った。 「....ごめんね、リリー。僕はどうしてもその気にはなれないんだ。さあ、家にあがろう。僕らは話したいことがあるんだ。」 そう言って私に視線を向ける。 随分と含みのある言い方だ。 私はルークとリリーの会話に全く着いていけなかった。一言でも理解しようと必死に耳を傾けたが、意味がよく分からなかった。 仕方ないので、ルークと共にそのまま家に上がらせてもらうことにした。 中は想像通り___ではなかった。 ルークが言っていたように、 リリーはかなりの変わり者らしい。 どこで見つけたのか、ボロボロに壊れかけた鳩時計や、羽がふさふさと生えた貴族が舞踏会で被るような派手な帽子が飾ってあった。 私の想像していた色の薄い木でできた丸い椅子や、長い机はどこにも見当たらなかった。 代わりに真紅のテーブルや椅子がごちゃごちゃと並んでいた。一つ一つの椅子の雰囲気が全くと言っていいほど統一感がない。 凄いセンスだなあ、と思いつつ息を吐いた。 目が眩むような景色だった。 「こちらにどうぞ、エリアスとお兄ちゃん。」 リリーが私たちに声をかけ、さっき見た派手な椅子に座るように促した。 「ルーク、ここは本当にどこなの?さっきいた場所は?」 歩いている途中、なんの前触れもなく辺り一面幻想的な緑色の景色ががらり、と秋の紅葉に変わったことを疑問に思った。 「この森は少し気分屋でね、気分によって毎日ころころ景色が変わったりするんだ。それだけならいいんだけど、この建物の場所も時々変わっちゃうし、ほんとに大変なんだよ。」 「建物の場所も変わっちゃうの?」 「そうだよ。シャーロットの家の周りの景色も幻想的な泉の近くになってたり。でも時々___」 リリーが途中で話に入ってきた。幻想的な泉、はエリスの泉のことだろうか?しかし、時々、の後を言いにくそうに口を紡いだ。 「この森って綺麗だよね。何か不思議な気分になる........。」 沈黙の時間、私は誰に対してと言うわけでもなく呟いた。 こくり、と深くうなづいたのはルークとシャーロットの二人共だった。 「ねえ、ルーク。あなたは昔人間だったの?」 「そうなのかな。___全くと言っていいほど覚えてないんだ、自分のことを。でもこの森に来るのは死にかけたものや、生と死の狭間にいるものや、存在ごと消えてしまったものが大半だから、僕は___。」 ルークは抑揚のない声でどこか寂しそうに呟く。この森にいるもので生きている、と言われるものは少ないらしい。 殆どがもう此岸の世界には消えて無くなってしまっているものらしい。 ルークや、リリーはこの森に魅入られて 存在ごと消えてしまった____? ルークとリリーは ここに来たときに生きていたのか? 「お兄ちゃん、シャーロットはエリアスのこと少しだけ、わかるよ。」 リリーが胸に手をそっと添え、紫に輝く目を向けて言った。 「どういうこと?」 私がリリーに問うと、ルークが思い出したようにああ、と言って、答えた。 「リリーはね、人の記憶が少しだけ、読めるのさ。この能力は人間だった頃の性格とかからきてるって言われてる。リリーは子供だし、知りたがりだからね。君も彼女と本当に、よく似てるよ。」 ふふ、と柔らかい女の子のような声で笑った。知りたがりのリリーが人の記憶を読めるなら、ルークはどうなんだろう。 人の心が読めるから___。 知りたがりなのか、人の思ってることが手に取るように分かる人だったのか.......。 「んー、どちらかと言われると僕は後者かな、エリアス。別に知りたがりっぽくないでしょ?」 私はルークが耳に艶やかな髪をかける仕草を眺めると割と様になっているなあ、と上からながら感心した。 その上瞳を軽く瞬かせ、 深緑の森の輝きを魅せていた。 「ふふ、お褒めいただきありがとう、可愛らしいお嬢さん。」 驚いた.......そういえばこの人は人の心が読めるんだ。当たり前になりすぎてて忘れてた。 それにしてもなんでこんなに紳士のような小悪魔のようなキャラを保つことができるのかだけ謎である。 「さっきからずっと心の中で褒めてるよね?やめてよエリアス、恥ずかしい........。」 「あなたに恥ずかしいって感情があることに驚きだわ。やっぱり元は人間よね......。」 「恥ずかしいなんて普通に思うよ?僕をなんだと思ってるの、エリアス......。」 「人の心の読める血も涙もないセイレーン」 「ちょ.....それって褒めてるの?セイレーンって女の精霊だよね?しかも血も涙もないって......」 セイレーンとは海辺に住んでいると言われる精霊のことである。美しい女性の姿をしていて、非常に魅力的な歌声をもっているらしい。 船乗りを惑わす精霊として恐れられているが、歌声の能力が効かないと石になってしまうという。 「褒めてる褒めてる」 「絶対褒めてないでしょ」 拗ねるルークをよそに、私はなんども褒めてるよ、と言い続ける。ルークにバシバシと叩かれてじんじんと肩が痛くなった。 そんな、なんてことないやりとりが少しくすぐったかったけど心地よく感じた。
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