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平日の午前中、雪が降りしきる公園には誰もいなかった。空は重たい雪雲に覆われていて、粒の細かな雪が次々と空から舞い降りてくる。降る雪を肌で感じたことのなかったぼくは、今ようやくあのいまいましい「家訓」から自由になれたような気がした。
――冷たくて、きれいだな。
しばらく公園の真ん中で空を見上げて、落ちてくる雪をただ眺めていた。小さな雪の粒がつぎつぎと頬に当たる。雪っておいしいのかな。口を開けたらキャッチできるかな。そう思って口をぽかんと開けていると、ふと、空のかなたに、ちらりと何かが見えた気がした。
――何だろう……鳥?
ばかみたいに口をあけたまま、空に向かって目を凝らす。
――鳥……じゃない、もっと大きくて……黒い……
その黒いものは、まっすぐにこちらに向かって落ちてくる。
――黒い……髪?
長い黒髪がふわりと靡くのがはっきりと見える距離に来たとき、その頭がぐるりと動き、こちらに顔が向けられた。
「ヒッ――」
ヒト! 女の人だ! そう気が付いたのは、その人影がかなり近づいてからだった。
このままだとぶつかってしまう。逃げなきゃ! と頭では思うのだけど、足がすくんでしまって動けない。
どうしよう――、頭が真っ白になったぼくは、とっさに空に向かって手を伸ばした。動けないならボールみたいに受け止めるしかないと思ったのかもしれないけれど、今思い返してみたら冷や汗ものだ。だって、あんな風に落ちてくる人間にぶつかってしまえば、こっちも命がないに決まってるじゃないか! だけど、空から降ってきたその人は嬉しそうににこりと笑って――、こちらに向けてまっすぐに手を差し伸べてきた。
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