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「なんて可愛らしい」
体を離すと、女の人はぼくの顔をじいっと覗き込んだ。
「まあまあ、ひどい顔色。ごめんなさいね、寒くしてしまって。嬉しくてつい」
彼女はぼくから急いで離れると、その場に座り込んだ。
「やっと逢えた。……あなたのお名前は?」
にこにこしながら、女の人は僕に尋ねてくる。
降る雪と同じ、きらきらと輝くように真っ白な着物と帯。雪の上にぺたりと座り込んだその人の着物はびっくりするくらい薄っぺらで、とても寒そうに見えた。肌の色は透けるように白く、瞳の色は、ちょうどその日の雪雲を閉じ込めたような暗い灰色をしている。年齢はよくわからないけど、高校生くらいの女の人で――、その顔はぼくが家訓から想像していた鬼ババアみたいな姿じゃなくて、テレビのアイドルよりもずっとかわいらしい、とてもきれいな女の人だった。
「ひ……ひいらぎ、そうま、です」
あまりの寒さに歯の根が合わない。震える声で答えると、その人は花のようにかわいらしく微笑んだ。
「そうまくん、初めまして。私は六花」
――やっぱり! その名前を聞いた瞬間、思わずヘンな声が出た。
「……怖がらないで。あなたを凍らせたりはしないから」
そう言うと、六花さんはそっと顔を近づけてくる。
「ただ、ほんの少しだけ、あなたの匂いを感じさせて欲しいの――」
そのきれいな顔が近づくにつれ、凍るように冷たい風が空気を揺らした。六花さんの息が頬にかかる。それはしびれるほど冷たくて、思わずヒッと声を上げた。
――吐く息がこんなに冷たいなんて。絶対に人間じゃない。
まるでフルパワーで動く巨大な冷凍庫の中に閉じ込められた気分だった。この息を直接吸い込んだりしたら、肺が凍るんじゃないか。ぼくは六花さんの吐く息を吸わないように、自分の手で口をふさいた。
「――ああ……、藤壽郎さま……」
六花さんの目から涙が溢れる。それが雫になってこぼれた瞬間、氷となってぽろぽろと地面に落ちていった。
「藤壽郎さまのお命は、今もまだ、この子の中に息づいているのですね……」
胸に両手を当てて天を仰ぎながら、六花さんはほろほろと氷の涙を流し続けている。
涙が氷になってる! やっぱりヒトじゃなくて、妖怪なんだ。
早く逃げなきゃやばい。一刻も早くこの場を離れなければ、体ががちがちに凍りつきそうだった。
「あ、あ、のっ……」
強い恐怖と突然襲われた猛烈な寒さのせいで、立ち上がることさえできない。六花さんの方を向いたまま、ぼくは必死でずるずると雪の上を後ずさった。
「ぼ、ぼ、ぼく……、か、帰ら、ないと……」
腰が抜けたような状態で少しずつ遠ざかるぼくを、六花さんは引き留めようとはしなかった。こちらに近づく気配がない彼女に少し安心したせいか、ちょっと距離が離れたころに、ぼくはようやく落ち着きを取り戻す。
腰を浮かして、よろよろと立ち上がると、震える足を励ましながら、背を向けて走りだそうとした、そのとき。例の鈴の鳴るような声で「そうまくん」と呼びかける声を聞いた。
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