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ゆるさない
「ほんとうに、ほんとうに悪かったよ」
狭い部屋に老いぼれた父親の声が弱々しく響く。
パキンッ。指の骨が折れる音も響く。
「僕を小さい頃から叩いて、体に残った痣で結婚も破談、おまけにお前の介護、クソみたいな人生だよ」
「わ、悪かった」
パキンッ。左手の指が2つ折れた。ペンチで割ると案外、良い音だ。
まるで、僕の壊れていった人生の音みたいだ。
「お前にも、お母さんにも苦労をかけた!」
パキンッ。3つ目の中指が折れた。痛みで声も出ないのか、布団の上で父親が苦悶の顔をする。
「謝ったって、母さんの命が戻る分けないだろ」
パキンッ!母さんと結婚指輪で繋がっていた薬指が折れた。
「お前は、俺が育てたんだぞ!感謝もないのか!ヘルパーに言いつけるぞ!」
痛みと老いと混乱で父親は、発狂する。昔だったら痣が出来るまで殴られていただろう。
最後の小指をペンチで挟んだが、やめて、右手の薬指を。パキンッ!自分と父親の縁が切れる音。
「ヘルパーは、先月いっぱいで断ったよ。僕はこの家を出てく。あんた誰だっけ?」
老いた父親が、驚愕した視線で僕を見る。
「頼む、置いていかないでくれよ!」
ペンチは、鞄にしまい。立ち上がった僕を父親が見る。
「よく、死んだ母さんがお前に言っていた言葉だ。自分で言うなら世話ないな」
玄関に向かう。
「ところで、あんた、誰だ?」
ボケた父親は、僕の背中に問うた。
「さて、誰だろうね?ただ、お前を一生ゆるさない人間であることは間違いないよ」
バタンッ。
いつか、殴られて弱った、母親と僕を残した父親が出ていったドアと同じ音がした。
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