“家事”

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“家事”

ここはそもそも、訪れる人の方が少ない。 私とあの人、二人だけの世界のようで…… 買い物とかに出かける時、少し人通りの多い道に出ただけで、まるで違う世界に来たかのような錯覚を覚えるくらい。 (今日はずっと雨……) 掃除などの家事が一段落ついた夜桜は、廊下の窓から夜空を見つめて少し寂しげな気持ちを覚えた。 雨の日は何となく寂しい。心細い。 なんでだろう。 空が暗いからかな……。 (『熱い……熱いの……火が……!』) そのタイミングで夜桜の脳裏に響く声。 “あの夢”を見た……私の母の声。 母はずっと眠ったままだった。 あの夢を見たまま、熱い熱いと叫んでうなされていた。 私達がどんなに呼び掛けても、母は目覚めないまま 息を引き取った。 死因は……医師にもわからないとのことだった。 まるで身体の全てが眠るかのように、 心臓も、脳も、活動を停止した……としか、考えられないと言われた。 信じられなかった。 だけど、私もあの人も“あの夢”を見て、 それを信じざるを得なくなった。 夢の内容は……途切れ途切れにしか覚えていない。 どこかの洋風のお城、燃え続けている部屋、 首のない人たち、 血染めの部屋…… 夢を見た私達は、とある事で目を覚まし、現実に戻ってくることができた。 だけど、夢の細かい内容は忘れてしまっていた。 覚えているのはこれだけ。 あの夢を見て、目覚めることができたのは私とあの人だけ。 だから、いつか私達以外の人が目を覚まし、 “式場”にあの夢のことが投稿されれば…… あの夢のもっと詳しいことがわかるかもしれない。 ……生きてはいても、目覚めないままの人もいる。 私達に起きた変化と言えば、あの人は“他人”が怖くなって、電話にすら出られなくなった。 私は……身体が幼児化した。 10歳児くらいの身体に。 精神的ストレスの影響ではないかと、心療内科の先生に言われた。 私達の人生は大きく変わった。 だから私達は見つけないといけない。 あの悪夢を。 私達の“式”の為にも。 あの悪夢の犠牲者を増やさない為にも。 (この雨なら……火事が起きても、火を消してくれるかな) 夜桜はカーテンを閉め、強くなっていく雨音を感じながら、廊下を歩く。 (……今日はどうかな) 赤い絨毯(じゅうたん)の敷かれた階段を降りながら、 夜桜はスマホを操作し、“悪夢投稿”のサイトを開く。 管理者のパスワードを入れ、 本日の投稿を確認する。 『あるかな……あるといいな』 夜桜は期待の込もった小さな声でそう呟いた。 そのタイミングで、白い光が洋館を照らし、雷がゴロゴロと鳴った。 今日は、ずっと雨だ。 火事の心配がないくらいの。 強い、強い雨だ。
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