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“正夢”
某企業にて社員をしていた者なのですが、
気味の悪い妙な夢を見たので書き込みをさせていただきます。
私がその夢を初めて見たのは、3ヶ月くらい前でした。
残業が数日続き、妻と娘にも会わない日々で疲れ切っていたとある日でした。
夢だと気付くまでに時間がかかったんですが、
内容は会社で、私が課長に叱られている夢でした。
課長は私より9つも年上なのですが、
誰よりも怒りっぽい上に、仕事の内容の範疇を越えた罵声を浴びせるひどい人で、社員には“パワハラジジイ”と陰で噂されていました。
私もたまに課長に怒られるのですが、
課長は『資料もまともに作れんとは、お前もお前の親も子も社会のゴミだな!』や
『こんな奴でも結婚できるとは、いい世の中だな』
などと罵倒してくることはしょっちゅうです。
課長が独身で、女子社員にもセクハラ一歩手前の発言で口説いたりしているのですが、
未だに浮いた話がないので、そこも気に食わないのではないかと、家庭のある同僚たちは言います。
上に一度、相談したこともあったのですが
課長は注意程度で済んだのか、
全く変わる様子はありませんでした。
さて、そんな課長に怒られ続けている私ですが、
少しして、社内に私と課長以外の人が誰もいないことに気付きました。
オフィスの窓の外にも、真昼だというのに人っ子一人歩いていないのです。
ここは地上8階ですが、他の階にも人の気配はありません。
ああ、夢かと気付いたのはそのタイミングでした。
夢にまで課長は出て来て、私は理不尽に罵倒されるのかと少し絶望しかけました。
『全くお前は!』
『学生気分が抜けていないのか!』
『ふざけんなてめえ、勝手に帰るんじゃねえよ』
『お前の代わりなんてな、いくらでもいるんだよ!』
だんだん、そんな風に言われ続けていて
腹が立って来ました。
ミスは確かに悪い。
しかし、私自身や家族を悪く言われるのは違う。
『これだからお前みたいな若造はな』
ぷつっと、私の中で何かが切れた音がしました。
次の瞬間、『この野郎!』と私の口から咆哮が飛び、
課長の顔面を思い切り拳で殴りつけました。
『っ……!って、てめぇ!』
気付くと、上司は口を切ったのか、そう言って口から血を流しながら私を睨んでいました。
『……!』
私は握ったままの右の拳と、そんな上司の姿を交互に見比べました。
ほんの少しだけすっきりした気持ちと、拳に残る嫌な感触。
そしてもう一度、顔を上げた時。
……その夢はそこで覚めました。
朝の5時過ぎ。
外はまだ暗く、今見ていたのは夢だとわかったのです。
それからその日は眠れないまま、出勤しました。
夢とは違う、いつもと変わらない日常。
しかし、課長が出社してきて、私が嫌々ながらも『おはようございます』と挨拶をした時に気付いたんです。
出勤してきた課長が、頬と口元にケガをしていることに。
不機嫌そうな顔に2枚の絆創膏が貼られていました。
『……課長、それは……?』
『ん? ああこれか? 今日起きたら何か腫れててな どっかぶつけたのかもなぁ……』
『そう、ですか……』
ひどく寒気がした。
……夢で殴った右頬と同じ、右頬とその下の口元に絆創膏があったからだ。
まるで本当に私が殴ったかのような錯覚を覚え、少しだけ申し訳ない気持ちになった。
妙な偶然もあるものだと、その場はそれで終わった。
それから数週間後、私と同じ班の社員が作成ミスをしてしまい、私たちの班全員が課長に怒られる事件が起きました。
『連帯責任だ 今日はお前ら徹夜でこの遅れを取り戻せ!わかったか!』
……先日の申し訳ない気持ちが綺麗に吹き飛ぶほど、理不尽に怒号を浴びせられ
結局、残業で日付が変わってから帰宅する頃にはやはり課長への怒りで頭がいっぱいでした。
布団に入るまで、ずっと怒りは治まらないまま、
気付けば眠りについていて
……また、私はその夢を見ました。
同じように、ギャーギャー喚く課長に対し、
真っ昼間なのに人の気配のしない会社の内外。
二度目ということもあり、私は『ああ、またこの夢か』くらいの気持ちでいました。
目の前では顔を真っ赤にした鬼の形相の課長が怒鳴り続けています。
内容など頭に入ってきません。
こちらは夢の中でまで課長に出てこられて、ただでさえ怒りが溜まっていた所にさらにストレスが加速していきます。
よくもまあそこまで必死に怒れるものだと、
そんな顔をしたいのは私の方だと、
少しずつ頭の中で私の怒りがマグマのようにグツグツと増幅して行く感じを覚えています。
『おい、聞いてんのか無能!』
課長のその言葉が引き金となり
私は課長のデスクの固定電話の受話器を引っ掴み
その受話器で課長の側頭部を殴り付けました。
めきっ!という、嫌な音ともに課長が『ぐっ』という声をあげ、
側頭部を手で押さえて私を睨みます。
『何しやがる……!』
課長の顔がさらに赤くなるのに共鳴するように、
押さえた手のひらには課長の顔より赤い血がじわりと広がっていました。
思ったより出血量が多い。
その光景に私は、一瞬だけ後悔しました。
しかし
そうだ、これは夢なんだ。
と、私は思いました。
そう、夢だから。
現実ではないから。
大丈夫。
大丈夫だ。
夢に出てきた、あいつが悪い。
そんな言い訳を心の中で繰り返しているうちに、
私は目が覚めました。
前回と同じくらいの時間。
朝の5時半近く。
手にはまだ、あの殴った感触が残っていた。
同じく眠れないまま出勤すると、やはりというべきか
後に出社してきた課長の頭には包帯が巻かれていた。
同僚が『それ、どうされたんですか』
と聞くと、課長は不機嫌そうに
『朝起きたら頭が痛くて、血も出ていてな 寝相が悪くて壁にでもぶつかったんじゃないかと思う』
そう答えていた。
……ああ、これはこういうことか。
私は悟った。
夢の中で痛めつけたことが、現実になるんだ。
あなたが悪い人だからきっと罰が当たるんだ。
私はそんなことを考えた。
……それからも度々、課長の夢を見た。
毎日のストレスを夢の中のあの人にぶつけるようになった。
会社とは関係のないイライラも。
あの人の夢が始まった瞬間に
殴り、蹴りつけ、時には髪を引っ張ったり。
すると、夢の中で私がした行動が
翌日の課長に実際に反映されている。
本人はこんなにケガをしていても、私がやったとはこれっぽっちも思っていないまま出社してくる。
だんだんと、罪悪感がなくなってきた。
暴力に対する抵抗も少しずつなくなって、
より課長を痛め付けるようになっていた。
ガラス窓に頭を叩きつけたり、
押し倒して無人のオフィス内を引きずり回したり。
高揚感は得られなかったが、
確実にストレスは軽減される。
そう、これは仕方ないんだ。
課長が全て悪いのだから。
楽しんで暴力を振るっているわけではないから
私は悪くない。
悪くないのだ。
この時まではそう思っていた。
そして同時に、夢か現実か区別がつかなくなっていた。
そんな時だった。
妻との些細な喧嘩で腹を立てていた日。
先週の水曜日のこと。
いつものように課長が夢に出てきた。
すっかり状況に慣れている私は課長が言葉を発するより早く、
課長を窓に押し退けた。
『貴様!』
課長がそんなことを言った気がしたが、
私の手は止まらない。
課長の頭を窓に叩きつける。
割れるガラス。
課長の上半身が、窓の向こう側に傾いた。
『落ちる! やめろ! 離せ!』
私の手が課長の身体を強く押した。
課長のその懇願には何の制御力もなかった。
世界がスローに見える。
課長の身体全体が空に浮き、
それは言葉にならない叫びとともに
下へと落ちていく。
『あああああぁぁぁぁぁぁ……!』
だんだん遠くなる課長の悲鳴と、その数秒後の ドシャッ!という嫌な音。
窓の下を覗く。
下の道路のコンクリートに、赤い血溜まりと
潰れた虫のような塊が見えた。
死んだ。
落ちて、死んだ。
私が殺した。
……気付くと夢から覚めていた。
時計を見ると、いつもとは違い出社ギリギリの午前7時43分。
慌てて支度をして家を出た。
まだ、課長を突き落とした感触が両手に残っていた。
出社すると、会社の外にパトカーが止まっており、
人だかりができていた。
……まさか
いや、そんなわけない。
あれは夢だろ?
本当に
『あの、何かあったんですか?』
私が近くの野次馬の初老の男性に聞く。
男性は『ああ、ここの会社の人がね、落ちたみたいなんだ』と答えた。
さーっと、私の血の気が引けていくのがわかった。
『誰も落ちる所を見ていないんだそうだ 不気味な事件だよ 本当に』
次の男性の言葉など頭に入って来なかった。
課長が死んだ。
これは現実だ。
叫び出しそうになる。
私が殺した?
だが私はあくまでも夢を見ていただけ。
あの夢を。
しかし課長は夢と同じように死んでいる。
……そもそも、あれは本当に夢だったのか?
私の手には、課長の身体を押した嫌な感触がはっきりと残っている。
どこからが夢でどこまでが現実だ?
今のこれはどっちだ?
私が殺したのか?
わからない。
理解したくない。
私が人の命を奪ったかもしれないのだ。
……私は精神を病み、先週から休職中です。
同僚からのメールで、課長の死は事故として処理されたこと、課長が亡くなって正直仕事のストレスが減ったとみんな喜んでいることを伝えられました。
課長を殺したのは、ストレスなのか
夢なのか、私なのか
どこからどこまでが夢で現実だったのか。
今の私のこの状況も、誰かの夢でされていることなのか。
私にはわかりませんが
人が死ぬことだけは現実です。
夢ではありません。
この場を借りて課長にお詫びします
ふざけんなてめえ、勝手に死んでんじゃねえよ。
投稿者 名無し さん
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