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“影の人”
僕の体験した夢。僕は作曲家をしているせいか、
よく人の足音に耳をすませてしまう癖があるんです。
足音って、履いている靴やその人によって一人一人違うんですよ。
で、まあ夢の中で僕は電車に乗っているんです。
夜で、誰も同じ車両には乗っていませんでした。
僕の最寄り駅で降りる人はあまり多くないんですが
電車から降りて、小さな橋のある小道を通って僕は自宅に帰っているのです。
ここまでは現実と何ら変わらないのですが、
その小道を通っている時に
とっとっとっ、という人の足音が真後ろから聞こえたのです。
距離的にはもう本当にすぐ後ろにいるくらいの距離から。
何となく、夜だし人通りもなく、
少し不安になり、耳をすませます。
とっとっとっ……
音は続いています。
さりげなく、後ろを振り返りました。
怪しまれないように。
すると、僕の後ろには誰もいなかった……。
一瞬わけがわからなかったけれど、
すぐに異変に気付いた。
街灯の僅かな光に照らされた僕の足元に
こちらに向かって伸びる、黒い人の影があった。
僕の影ではなく、影の頭が僕の足元に向いているのに、
視線の先には人なんていない。
人の影だけが、僕の後ろにいるんです。
地面を伝うように、影だけが……。
少し気味の悪くなった僕は、早歩きで家に急ぎます。
足元に視線を落とすと、影の人の頭だけですがまだ見えます。
ついてきている……?
そう思った僕は橋を渡り切ると、家とは逆方向の道を行き、最寄りのコンビニに向かいました。
あれがもし、家にまでついてきたらと思うと怖かったので……。
……歩くこと5分、コンビニに入店すると
やる気のなさそうな『いらっしゃいませ』という男性店員の声。
それに少し安堵し、店の奥の飲み物コーナーへ。
目線を落とすと、
私の足元のすぐ後ろに影の人はまだいました。
まんまるな頭。細身の身体。
店内の明るさのせいか、どす黒さがよく目立つ。
……しかし、今のところ
ついてくるだけで僕に危害を加える様子はない。
目的は何だろうか。
僕には霊感がないので、影の人が幽霊かどうかわからない……。
少し迷いつつ、ペットボトルの緑茶を購入し
コンビニから出る。
影の人はまだついてきています。
さすがに少し慣れたとはいえ、家にまで連れていくのは嫌だと思い
適当に道をぐるぐると歩きました。
商店街、交差点、また別のコンビニ……。
あちこち歩きますが、やはり影の人はずっとついてきます。
しかもだんだん、影の人のポーズが変わってきていました。
最初は恐らく、気を付けの姿勢だったと思います。
シルエット的に。
しかし、今は両手で目元を覆い、
まるで泣いているかのような姿勢に変わっています。
どうしたのでしょう。
考えてもわからないので、僕はあてもなく歩き続けることにしました。
30分ほど、ぐるぐるとあちこちを歩いていると、
とある住宅地にまで来てしまいました。
家からはそれなりに距離があります。
しかもこの辺りの地理には疎く、少しだけ迷ってしまいました。
もちろん、まだ泣いている影の人はついてきています。
もうこの頃にはすっかり慣れてきており、
足元の後ろを見るのも抵抗がなくなっていました。
自分の影と重なると、影の人のほうが色が濃いのがわかります。
影、というより
“闇”に近いほど黒いんです。
……さらに歩くこと数分、住宅地の終わりに差し掛かる時に、
十字路があり
そこについたタイミングで後ろの影の人がぴたりと動きを止めました。
少しだけ僕と影の人の距離が空きます。
『どうしたの?』
ふと口をついて出てきた言葉。
影の人の明らかな様子の変化に僕が聞いてしまいました。
しかし、影の人からは何の返事もありません。
辺りには何件か家があるだけ……
と思いきや、
視線を上げると、十字路の左に黒焦げになり、ぼろぼろ半壊状態で佇む木造の一軒家がありました。
いや、この場合は……一軒家跡、という感じでしょうか?
何となく再び視線を足元に落とすと
ばっ!と、すごい勢いで影の人が走り出しました。
少しびっくりしましたが、どうやらあの一軒家の方に向かっています。
しかし、一度だけぴたりと影の人は止まり、
そのシルエットが僕の方に、右手を振ったのです。
『え……?』
戸惑っているうちに影の人は再び走り出し、
黒焦げの一軒家の庭の方に行き、
やがて見えなくなりました。
(……)
あの影の人は、ここに来たかった?
なんて考えていたタイミングで、
ぱっと目が覚め、
そこは真っ昼間の自分の部屋でした。
(夢……?)
今まで見ていたのは、夢だった……?
怖い……いや、どちらかと言えば不思議な夢で
何だか本当にあの影の人と歩いたような現実的な感覚が残っていたんです。
僕は、次の休みの日に夢で影の人と行ったあの家に行ってみることにしました。
あの夢から1週間後の昼間ですが同じ道を通り、
コンビニでお茶を買い、
あえてぐるぐるとあちこち遠回りして……
あの夢と同じように、僕はあの家を目指しました。
十字路辺りに着くと、お菓子やペットボトルの飲み物を持った小学生のグループ数人があの家の方に向かっていくのが見えました。
少し歩いていくと、夢と全く同じ黒焦げの一軒家があの十字路の左手にあり、
先ほどの小学生たちが庭の中央辺りにお菓子や飲み物を置いて手を合わせていました。
……少年少女が去るタイミングで、僕は子供たちに聞いてみました。
ここで何かあったのかな?と。
子供たちは『この家に住んでいた子、この前火事で死んじゃったんだ』と答えてくれました。
その中の一人の女の子は泣いていました。
彼ら彼女らの友達の、小学4年生の男の子がこの家に住んでいたようです。
話を聞くと、両親との三人暮らしだったらしいのですが
男の子とお母さんがあの火事で犠牲になってしまったようです。
火事の原因は何と、放火らしく
その子の父親が犯人でほぼ間違いないらしいのです。
この話し方からして、父親は恐らくどこかに逃げてしまったのでしょう。
喧嘩でもして、勢いで火をつけてしまったのか……僕にはそんな考えが浮かびました。
何故男の子が僕についてきていたかはすぐにわかりました。
その家の名字が僕と一緒だったのです。
あまりない名字ですから、もしかしたら遠い親戚なのかもしれません。
本能的にそれがわかって、僕についてきた。
帰り道がわからなくなって、さまよっていた。
しかし僕がたまたま道をぐるぐる歩いたのが幸いし、
この子は家に帰ることができた。
何だか、少し切なくなりました。
僕はさっきコンビニで買った未開封のペットボトルのお茶を子供たちの置いたお菓子の横に置き、手を合わせました。
なんという不思議な体験でしょうか。
きっと、影だけだったのは身体がもう焼けてしまっていたから……とか
泣いていた仕草も家がわからなくなって困っていたのだろうかとか考えてより切なさが増しました。
しかし、影の人は何故自分の家に帰れなくなるほど遠い場所にいたんだろうか?
その答えはわからないままでしたが、
何気なく、去り際に子供たちにその子やその子の家族について少し聞いていた時に
例の父親について話していた時でした。
僕が、『早く犯人のお父さんが捕まるといいね』と言うと
子供たちが『それは無理だよ』と答えました。
何故無理なのかと聞くと
『だってその子のお父さん、その子の事件のすぐ後に逃げた先の家が火事になって死んじゃったんだもん! ニュースで言ってた!』
と答えてくれました。
その時はあまりわからなかったのですが、
後で自分がそのニュースをネットで調べて
何となく想像がつきました。
その子のお父さんは逃げた先で、深夜に放火によって亡くなっていたんです。
犯人は見つかっていません。
証拠はいくつかあるらしいのですが、全く目撃証言がないらしいのです。
しかも日付は僕があの夢を見た日でした。
つまり、僕についてくる前
あの子がわざわざ影の人になってまで向かった場所というのは……
影の人が家に帰れなくなるほど遠出した。
あの時、あの影の人の目的は家に帰ることだけだと思っていた。
だけどもしかしたら違った?
あの影の人の目的は僕についてくる前にもう果たされていた?
あの影の人は、僕と会う前に行っていたんだ
自分と母親を黒焦げの影にした者を
同じ目に合わせるために……
この夢は怖くはないのですが
何となくそんな背景が想像できました。
投稿者 光広 さん
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