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“閉め忘れるな”
私の見た悪夢の話。
最初に見たのは、1年くらい前でした。
その夢の中で私がいたのは、幼い頃に住んでいた実家。
もう20年近く帰っていないのですが、間違いなくそこです。
築100年は経つ古民家です。
広さはあるのですが、とにかく古さを感じます。
母方の祖父が建てた家で、2階建てのわりと大きな家です。
その実家の仏間に座っているところから始まります。
部屋は豆電球の薄明かりに照らされています。
夜中なのでしょう。
遠くで雨の中を走る車の音と、居間にある時計のカチコチという時を刻む音だけしか聞こえない静かな世界。
最初はどこかわかりませんでしたが、
目の前の仏壇の位牌に書かれた祖父の名前を見た途端、『あ、ここはあの家だ』と思い出しました。
少し懐かしさに浸ってから、お線香をあげようと思い
仏壇に近づいた時でした。
『閉め忘れるな』
冷たい口調の声が不意に左から聞こえました。
驚いて左を見ると、そこには襖(ふすま)をほんの少しだけ開け、
片目だけを覗かせ、こちらを見ている人の姿がありました。
『きゃあ!』
『閉め忘れるな』
声は……しゃがれた老婆のように思えました。
でも私の祖母の声ではありません。
全く知らない老婆の声です。
ここから見える片目も、見覚えがありません。
『閉め忘れるな』
『は、はい』
再度の老婆の声に、私はつい返事をしてしまいました。
しかし老婆はそのままふっ、と消えてしまい
老婆のいた襖を閉めると同時に目が覚め、現実に戻りました。
これが始まりだったのです。
次にその夢を見たのは、それから2ヶ月後。
今度は仏間ではなく、2階の廊下に私はいました。
(あ、またあの家だ……)
私はすぐにそこが実家で、これが夢だと気付きました。
でも今回は2階の廊下。
後ろには降りる階段があり、左が祖父の部屋、右が祖母の部屋で、祖母の部屋のさらに奥に私が使っていた母の子供部屋があります。
その各部屋の襖全てが目一杯に開いていました。
襖の向こうに見える部屋は暗く、
月明かりしか見えませんし、
誰かがいる気配もありません。
祖父母も母も。
これは過去のあの家ではなく、“現在”のあの家なのでしょうか?
20年過ぎた今、私は結婚もしていて
祖母とも連絡は取っていません。
(今、この家はこんな感じなのかな)
そんなことを考えているうちに、
あの謎の老婆の
“閉め忘れるな”という言葉を思い出しました。
(あっ……)
反射的に、私はこのままではまずいと思い
すぐさま各部屋の襖を閉めました。
まずは祖父の部屋、続いて真ん中の祖母の部屋、
最後に私の使っていた部屋のものを。
とくにその間、異常はありませんでした。
どの部屋にも中には入っていませんが、ただ暗いだけです。
そうして全てを閉め終えると、ふと1階が気になり初めました。
(開けっぱなしになってないよね?)
一度気になるともう頭から離れなくなるので、
暗い階段をゆっくり降りながら、1階に向かいます。
古い階段なのでぎしぃぎしぃという音が
私が一段降りる度に静かな家全体に鳴り響きます。
1階に降りると、居間の時計が時を刻む音に混じって、ザァァァ……という音が聞こえました。
怖いので雨か何かだと自分に言い聞かせました。
廊下を左に行くと居間と仏間があり、右側に行くと台所とお風呂とトイレがあります。
玄関は仏間の向こうで、まず私は玄関を見に行こうと考えました。
玄関は……ちゃんと鍵がかかっており、
引き戸も閉まっています。
街灯の薄明かりに照らされた玄関のガラスの向こうは暗く、何だか不気味でした。
……仏間は戸締まりは大丈夫でしたが、居間で少しおかしいことがありました。
ザァァァァァァ……っと、
テレビが大音量で砂嵐の音を鳴らしています。
画面も当然砂嵐。
この音が聞こえていたようです。
気味が悪いのですぐにリモコンでテレビを消し、
こたつにリモコンを投げるように置いて、
少し急ぎ目に居間を調べ終わりました。
とりあえず、ここもテレビ以外は問題なし。
しかしお風呂を見に行くために仏間に戻ろうとした時、
私は『ひっ!』と、小さく悲鳴をあげてしまいました。
何故なら、閉めたはずの居間と仏間の間にある襖が人1人が通れるくらいの幅で開いていたからです。
……確実に私は閉めたはずです。
それにこの家に他の誰かの気配はありません。
どういうこと?
恐る恐る襖の向こうを覗くと、
仏間には……誰もいません。
しかし、仏間から廊下に向かう側の襖もやはり同じくらいの幅で開いていました。
……まるで誰かが私についてきたかのように。
酷く不気味でしたが、少し待って何も起きないことを確認してから
お風呂を見に行きました。
洗面所に入り、お風呂のガラス扉を確認します。
……閉まっていました。
トイレの扉も同じように閉まっています。
あとは台所だけです。
台所も確認します。
……しかし、ここもとくに異常はありません。
冷蔵庫が開いていたりだとかシンクの向こうの窓が開いていたりはありませんでした。
これで一応全ての部屋を調べ終わりました。
どうしたものかと思案していると、
いつの間にか目を覚まし、現実に戻っていたんです。
……また、この夢かと思いました。
しかしそれから1ヶ月ほどして
さらにまた同じ夢を見たんです。
今度は祖母の部屋にいる所から始まりました。
相変わらず家には私以外の誰の気配もせず、
明かりも点いていません。
しかし今までとは違い、祖母の部屋の中にある押し入れの襖が僅かに開いていたんです。
部屋の入り口の襖は閉まっているのになんでここだけ……?と思いつつ、開けたままにしておくとまたあの老婆が現れそうなので私は襖を閉めようとしました。
この押し入れは物を入れすぎていて、開けたら中の物が落ちてくるから開けてはいけないよと祖母に昔言われたことがあります。
それなので私はこの押し入れの中を見たことはなかったのですが……
閉めようとして『あれ?』と思ったんです。
この押し入れの中、何も入っていないんです。
祖母の話と違う……。
今は開いていますが、畳に何かが大量に落ちている……ということもありません。
つまり、最初からこの押し入れには何も物が入っていなかったんじゃないか……と、後から私は思いました。
押し入れの中には綺麗さっぱり何も物などありません。
茶色い木の板のような枠で上段と下段に別れています。
下段にももちろん何も物はないです。
しかし
上段の上……つまり、押し入れの天井の板が少しだけずれて、隙間が開いていることに気付きました。
(これって……)
私は押し入れの段に乗り、天井板に触れてみました。
少し手で押すと、天井板が上にずれました。
これ……上に行ける……?
私は天井板をもう一度押し、
横にスライドするようにずらしました。
板は上でずれ、人一人分ほどのスペースの穴が開きました。
その先には真っ暗な闇が広がっています。
(屋根裏部屋……)
誰も知らなかった、隠されていたた屋根裏部屋……
少し怖かったですが、何故か私は行かなければいけない気がして
その穴の上に手をかけて登ってみました。
……目が慣れるまで時間がかかりましたが、
屋根裏は六畳間二つ分ほどの広さです。
僅かにあちこちの隙間から月明かりが差しています。
入ってきた時に押した天井板が横に転がっており、
その片側に黒い字で“閉め忘れるな”と書かれていました。
これは……私の祖母の字です。
なんでこんなものが……?
その時は考えてもわからなかったので、一応屋根裏の端まで見てみようと思い、
ギシギシ鳴る床が抜けないことを祈りながら屋根裏を進みます。
奥の方に、いくつか黒いゴミ袋が転がっていました。
なんだろうと思っていくつか漁ってみると
ぼろぼろの紙や服?のようなものが入っているようです。
手触りからはそんな感じがしました。
ですが、一つだけやたらと重いゴミ袋があり、
触れてみても硬い感触が伝わるので明らかにこれだけ何かが違いました。
袋を広げて中のものを床に出してみると
『……!?』
それはバラバラになった、人の骨でした。
頭蓋骨にあばら骨、手足……。
ちょうど人一人分くらいです。
やたらと細いものでした。
これは……誰のものなの……?
『閉め忘れるな!』
『!』
考え込んでいると、怒気に満ちたそんな声が聞こえ、見てみると屋根裏の入り口の穴から顔だけを覗かせたあの見知らぬ老婆がものすごい怒りの形相で私を睨んでいました。
『閉め忘れるな!閉め忘れるな!』
老婆は這うように屋根裏に上がってくると、
そのまま天井板をずらし、押し入れへの出口を塞いでしまいました。
『閉め忘れるな閉め忘れるな閉め忘れるな閉め忘れるなあああっあ』
老婆は狂ったようにそう言いながら、私の方に近づいてきます。
その様子に恐怖を覚えた私は、
声すら出すことができずに倒れるように気を失いました。
……次に気が付いた時、私は現実の自分のベッドの上でした。
朝方です。
やたら家が薄暗く感じました。
それからしばらくは眠ることがトラウマになっていたのですが
例の夢はあれから見ることはありませんでした。
そんなある時、最後に実家の夢を見てから2ヶ月ほどしてから
祖母が亡くなったと母から連絡が来ました。
死因はなんと、熊に襲われたとのことです。
家の中に熊が入ってきてしまい、テレビを見ていて侵入に気付かなかった祖母は熊の爪の一撃で頭を打たれ、即死だったらしいです。
母はたまたま不在だったので事なきを得ましたが、
どうやら祖母が廊下の雨戸を開けっ放しにしていたために、熊の侵入を許してしまったんじゃないかとの話でした。
あの家は山に近いので熊がたまに出ることもあるのですが、まさか祖母がそんなことになるとは……
葬儀を終え、色々な手続きが済んだ後に実家の整理をしている時。
私は例の夢を思い出し、
祖母の部屋の押し入れを調べました。
やはり夢と同じように天井板が外れ、その内側には祖母の字で“閉め忘れるな”と書いてありました。
そして、例の屋根裏もちゃんと実在し
あのゴミ袋もありました。
一応、骨を確認してから
他のゴミ袋も全部中身を見てみました。
あの紙や服の感触は正しく、
婚姻届や保険証、
他には女性物の服などが袋から出てきました。
婚姻届には祖父の名前と、知らない女性の名前が書いてありました。
保険証の名前もその女性の物でした。
服もこの人の物なのでしょう。
……人骨やこの様々な物のことを母や警察に相談しました。
そして調べた結果、この仏さんは刃物か何かで心臓を刺されて亡くなっていること、
数年間土に埋められていた形跡があることがわかったと伝えられた。
身元も判明しており、
なんと祖父の婚約者になるはずの女性だった。
祖母の友達でもあったらしい。
しかし、数十年前に突然失踪してしまったらしい。
祖母と会う予定があり、それで出ていったきりだったという。
……これらの話や現場の“閉め忘れるな”の文字などから推測したこの事件の概要は
・祖父とその女性が婚約する
・祖母はそれを妬む
・女性を殺害し、祖父と結婚する祖母
・女性の遺体を土に埋め、数年かけて白骨化させてから屋根裏に隠蔽(女性の物などもここに)
・閉め忘れるなは、屋根裏の“それ”を見られないようにする為の祖母の自分へのメモ
……以上です。
これはあくまで推測ですが、あながち間違っていないんじゃないかって思うんです。
歪んだ愛、友達の想い人を奪う為に人殺しまでして
あんなメモまで残して……
あのメモは屋根裏部屋に面していたので
例の女性はずっと“閉め忘れるな”のそのメモを見ていたのかもしれません。
そのうち、それしか考えられなくなるほどに長い時間が過ぎ、
彼女は霊となり、自分が何者であるかも忘れて
この家をさまよっていた。
……あくまで私の推測です。
あの家は売りました。
不思議と買い手はつくようですが、
次にあの家に住む方は私と同じように“開けてしまう”のでしょうか?
もう遺体はありませんが、彼女は“開けたまま”を許さないでしょう。
それは自分の遺体を見つけられないために残された、自分を殺した者の言葉なのに。
投稿者 名無し さん
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