“炎の間”

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“炎の間”

(またこの部屋……) 私は赤い絨毯の敷かれた廊下の最奥部でため息をついた。 どこをどう進んでも、私はこの部屋にしか来ることができない。 チョコレート色の二枚扉の前で、私は俯く。 もう、このお城には何年いるのだろう。 ここは私達が買い取ったとある洋風のお城。 そしてあの子たちの結婚式の式場としても使うつもりだった。 だけど、関係者が次々に “眠ったまま目を覚まさなくなった”。 それは共通して、“このお城”に入った者とその周りの人間だ。 私や家族も下見で訪れている。 だからきっと、現実の私もまた 目覚めないまま寝かされているのでしょう。 いえ、もしかしたら既に死んでいるのかも。 ……覚悟を決めて扉を押す。 チョコレート色の二枚扉は簡単に開き、その先にある部屋を私の目に映す。 赤く燃える炎。 焼け落ちる絵画。 ぱちぱちと音を鳴らす豪華な照明。 私はここを、“炎の間”と呼んでいる。 このお城には多くの部屋がある。 ここは恐らく、会談の場として利用されていた部屋だと思われる。 下見の時にここを見た覚えがある。 壁にたくさんの絵画が飾られた広い部屋だった。 ここを抜けると、反対側の廊下に行ける。 もしかしたらそこに娘やあの人たちがいるかもしれない。 そう信じて炎に飛び込んだ回数はもはや数え切れない。 私はこの部屋を抜ける前に焼け死んでしまう。 死ぬ度に再びこの城で目を覚まし、終わらない永遠を繰り返している。 それに、私はお城をどのように進んでも必ずこの炎の間にたどり着いてしまう。 他の人には会ったことはない。 だけど、何度か反対側の廊下や別の部屋の窓に人影を見たことがある。 だからもしかしたら、ここを越えたら会えるかもしれない。 そう考えた。 だけど悲しいことに私は、ここを抜けることはできない。 この先に行きたいのに。 ……窓から飛び降りてみたこともあった。 中庭に降りられれば、別の部屋に行けるかもしれないと思ったから。 しかし残念ながらそう甘くはなかった。 このお城には私達のように迷い込んだ人とは違う存在が徘徊している。 それは皆共通して “首”がない。 首だけがない人たちが徘徊している。 そしてその人たちは、私達を狙って追ってくる。 動きは少し遅いし正確さには欠けているけれど。 あれに捕まると長い時間をかけて五体を裂かれて殺されてしまう。 苦しみも尋常ではないが、何より死ぬまでが長くなるから 大幅なタイムロスになる。 死はリセット。 何回死のうがどうせここに来てしまう。 だから早く娘たちだけでも助けたい。 その為にはここを通り抜けることを成功させなければならない。 例え何度死のうとも……。 ジュゥ……と音を立てて、 部屋を走る私の髪が焼けていく。 死は怖くはないけど、死ぬ時の苦しみや痛みは毎回しっかりとあるのだ。 『熱い……!ああああ……!』 部屋の真ん中辺りまで来た。 しかし私を焼く炎は髪から顔、 そして服や足にまで広がり初めていた。 自分が焼ける臭いに不快感を覚える。 これも慣れない。 ずっと。 それでも走り続ける。 反対側の廊下へ続く扉にも火がついていて、 押し開けるだけでも火傷しそうだ。 『あっ……』 しかしその扉にたどり着く前に、たまたま焼けて落ちていた絵画の縁につまずき、 私は転んでしまう。 扉のすぐ目の前に転がり、そこにある炎の山に足が入ってしまい、 すぐに私の足に焼ける痛みが襲ってくる。 『ああああああああ!いやぁ!』 立たなければ! 早く……早く……! でも足が、足の感覚が 上手く立てない その間にも炎はどんどん勢いを増し、 ついには私の下半身がまるごと炎で覆われてしまった。 『熱い……!うああああああ! 焼かないで……!焼かないでぇ!消えて!』 尻や陰部が焼ける感覚。 同時に熱が体内に伝わり初め、いよいよ立つことはできなくなる。 足の感覚がない。 足って……どこまでだっけ。 でも 立たないと、走らないと あの人と、娘だけでも助けないと…… ……いや できたら本当は私だって 私だって助かりたい。 もう一度、“日常”を取り戻したい。 何もない平凡な日々。 家族との時間。 今の私にはどんなものよりも高い価値で 絶対に手には掴めないような遠いものに思えてしまう。 ……ついにお腹が焼け初めた。 自分の呼吸すらも熱い。 煙のせいで肺も苦しい。 私はいつまで死に続けるのだろう。 夢ならいつか終わりは来るでしょう!? 何故? 私は、何故目を覚まさないの? この夢に終わりはない……なんてことはない ……よね? だってこれは“夢”だもの。 私が見ているだけの、存在しない時間と空間。 私がこの夢の中で苦しんでいるだけで、 現実のどこにもこの私の体験している光景なんてなくて、 だから大丈夫。 これでいい。 ……だけど、ごめんなさい。 夢とは言え、あの人やあの子もここで苦しんでいるのは 私がこんな夢を見ているせいだから。 ごめんなさい、あなた。 ごめんなさい 『夜桜……』 娘の名前を呟いたと同時に髪から顔に炎が燃え移り、 私の意識は途切れた。 もうこれも、数え切れないほど繰り返した。 まさに悪夢だ。
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