拾得物件

2/3
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
 *    今年、社会人になって三年目の春のこと。あたしは新入社員のトレーナーを命じられた。今にして思えば、トレーナーと新人は基本的に同性同士でペアが組まれるのに、あたしだけが男の新人をあてがわれたのも、もう運命だと思うしかない。所詮運命論を信じないのは独りぼっちの間だけだし、自分は運命なんか信じないから、って奴に限ってすっごい信じてるんだよ。そもそも今の自分が独り身なのはそういう星のもとに生まれたから……って時点でてめえ頭から運命論者じゃん。未来永劫自分の部屋にこもってベートーヴェンでも聴いてろ。  最初の顔合わせで、トレーナー役を務める他の同期たちと会議室に入り、既に席に座っている新人たちの中から自分の指導相手を見つけたときは(へえ、かわいい顔してるじゃん)みたいな有り体な感想しか浮かばなかった。実際、彼は「かっこいい」というよりも「かわいい」という顔立ちをしていた。クリーニングから返ってきたばかりのワイシャツみたいに、顔の筋肉が動くたびにバリバリと音がしそうな硬い表情が印象的だった。  やがて、二人一組になってアイスブレイキングの時間が始まった。名前を名乗って、よろしくお願いします、という彼の声の最後あたりは緊張のあまり震えていて、そのままこちらに向けて深々とお辞儀をする彼のつむじを眺めながら、あたしは別の意味で震え始めた身体をおさえるのに必死だった。  ずっと探していたものが目の前に現れた。そんな幸福に震えているのは身体だけでなく、この心も同じ。ネットショップで数量限定商品をカートに叩き込むのも、気になっている相手を落とすことも、意味としては変わらない。誰かにかすめ取られる前に、自分のものにしなければならない。そうでなければ価値が生まれない。  他人に奪われるのも嫌だけど、できるならば他人から奪うこともしたくなかった。でも今なら、あたしは目の前に存在するそれをただ「手に取る」だけだ。なんの後ろめたさもなく、自分のものにできる。  新入社員のトレーナー。今回あたしに与えられた仕事。  それをしっかりと遂行させるべく、神様が彼をここに落としてきただけ。あたしの目の前に。  ふるえる彼を拾い上げて、掌の上で転がして、つんと弾いてみたり指の腹でくすぐったりするだけ。  ただそれだけだ。  何がいけない?
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!