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 最後の彼氏と別れてから、どれくらい経ったかを数えてみた。  およそ二年。夏と冬でオリンピックが二度観られる……と思ったけれどスポーツにはからっきし興味がない。なんなら直近で別れた男は仕事終わりや休日はジム通いだの走り込みだのばっかりで、食事に行くときも脂質だのたんぱく質だのと講釈がうざったく、最終的にあたしがぶちぎれて別れた。法が許すのなら、ロボットみたく盛り上がった二の腕にサラダ油でも注射してやりたかった。もちろんそういう小うるさい姑みたいなところが嫌になったのもあるけれど、一番の理由はそこではない。    あたしが欲しかったのは、まるで迷い子みたいに自分の手をおずおずと握りながら半歩後ろをついてきてくれる存在であって、下半身だけ先に進んで平行四辺形みたいな姿勢で欲に突き進む性食男子ではない。指先に力を込めたらじわりと融け出す氷。一度ひらくだけで自分の手のかたちにクセがつく文庫本。スプーンを入れて一口分を削り取ったあとのバニラアイス。iPhoneのまっさらなストレージに自分の写真や音楽を入れて汚す瞬間。儚さや心もとなさ。そこが大事だったんだろうな……と、思い出の品を片っ端から捨てながら考えた。  学生の頃は、そんな存在を見つけられないまま終わった。会話の主語が全部自分自身だったり、甘い言葉の中に「ずっと」とか「絶対」とか寝ぼけた単語を織り交ぜる男はすぐに振った。この世界に永遠も絶対も存在しないことをあたしは知っている。ありもしない話を言葉巧みに繰り出してくる連中は、逮捕されていないだけで全員詐欺師だ。どいつもこいつも、別れた翌日になって朝食を腹に送り込む頃にはあたしと付き合っていたことなんか忘れてるくせに。替えが効くのならハナから求めてくるな。    弱くて脆くて甘ったるい存在を、ずっと求めていた。いくら「比べないようにしよう」と思っていても、自分より強くて気高い存在の傍では、いつまでも惨めさを感じながら生きていくことになってしまうと思ったから。そして誰かに頼られることで、あたしはいつまでも自分自身に価値を見出すことができるという結論に至ったからだ。なのにこれまで付き合ってきた男は自尊心が強くてプライドの高い、求める人物像とは反対の位置にいる人間ばかりだった。  思い返すと付き合い始める頃、毎回あたしは辛いことや悲しいことがあって深く傷ついて、弱っていたのだ。そこにつけこまれて付き合い始めるから、うまくいかなかったのだろう。どしたん話聞こか……とか、いま言われたら渾身の力でビンタを見舞ってやるのに、その時は涙でぐしゃぐしゃになりながらその手に縋るしかなかった。  欲しいな、と思ったときには絶対に姿を現さない。仕方ない。そういうものだと思うし。  でも今は要らないな。  思いながら、ゴミ袋の口をきつく縛った。
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