許さないライン

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「お前さあ、どこまで許せる?」  常日頃から心が広いと思っていた友人、村上に僕は尋ねてみた。  村上はクールな顔で静かに窓辺で本を読んでいた。  秋風を感じるようになった夏の終わり。  片付け忘れているのか、風鈴が村上の頭上でチリンチリンと涼しげな音を立てていた。   「どこまで許せるとは?」  村上はこっちを見ることもなく、そう言った。  突然話しかけられても怒ることなんて絶対にない。  優しい男、村上。守護神、村上。  村上がそう呼ばれているからこそ、聞いてみたいことがあった。 「怒りのラインだよ。こっからここまでは許せるけど、ここを突破されたら許せないってラインがあるだろ? お前はどこまで許せるんだよ、実際」 「さあ。普通だと思うけど」 「じゃあ、僕がお前の読んでる本にジュースこぼしたら?」 「許せるよ。これ、図書館の本だから」  村上は図書館のバーコードを僕に見せつけた。  そのモラルはどうなの? 人としてどうなの? 「じゃあ、それがお前の持ち物の本だったら?」 「許せるよ。弁償させるから。ちなみに定価では3000円の本だ」  それは許しているのか?  金さえ払ってもらえれば僕も大抵のことは許す。 「じゃあ、なかなか手に入らないレア本で、中古のオークションでも手に入らないやつだったら?」 「許せるよ。相応の価値のものと交換してもらうから」  こいつ、一歩も引かずに全面戦争する構えじゃないか。  どこが優しい男なんだと呆れながら、僕は続ける。 「じゃあ、交換できるものが何もないって言われたら?」 「許せるよ。そいつとは縁を切るから」  マジか。こいつのことを甘く見ていた。 「でもそいつがもし縁を切られるのが嫌だって言ったら?」 「君のように?」  えっ。  僕は驚いて、村上を二度見した。 「君とは先週絶交するって言っただろう。何でまた家に来た? 僕はもうって言っただろ」    僕は先週の記憶を引っ張り出してみた。ところどころ曖昧だけど、なんとか思い出せる。  そういえば、たしか、先週こいつが読んでいた本にうっかりトマトジュースをかけて台無しにして。  買い直そうと思ったけどそれがレア本で手に入らなくて。  何か代わりに寄越せと言われたけどそれもなくて。  じゃあ縁を切るしかないなと言われて頭にきて。  この家を飛び出したら、そこにトラックがきて──。 「……僕がもう死んでいても?」 「許さないと言ったら許さないよ。許すといえば許すけど。それが僕の決めたラインだから」  村上は涼しい顔で図書館の本を読み続けていた。  風鈴の音も聞こえない。  夏が終わろうとしていた。
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