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「…私に、何かできるかしら。今からでも」
ぽつりと水滴が落ちるような呟きに目を上げる。いつも気丈な先輩が、不安げに眉を下げて微笑んでいた。
何か答えなければと頭をフル回転させる。「えっ、…と…」と言葉に詰まるのが情けなく、俺は慌ててグラスに残るワインを飲み干した。
水淵先輩と木野さんが卒業後にどんな関係だったのか、俺は知らない。ただ、自分に置き換えるなら、ストーカーに悩んでいることは信頼の置ける人物にしか話さないのだろう。自分の弱みを見せてもいいと思える、心を許した相手にしか。
「…と、友達として変わりなく接してくれたら、嬉しいと思います。水淵先輩には…その、人を元気にするパワーみたいなもんがあるんです。久々にメールもらえただけで、浮かれてノコノコとホテルまで来る奴もいるくらい…ですから……はは…」
誰もが憧れた水淵先輩相手に説教のようなものを垂れているのが恥ずかしくなって、後半ははっきり発音せずに誤魔化した。擽ったさと居たたまれなさで、なぜかニヤニヤしてしまって、我ながら気持ちが悪い。こういうところが交友関係の狭さに直結してるんだと、脳内でもう1人の俺が言う。
一方で、先輩にとっては殊の外悪くもなかったようで、はにかむように笑った後、白い歯を見せた。
「ありがとう、山森くん。あなたに話して良かった」
そう言って頭を下げるもんだから、俺も糸の切れた操り人形のようにドギマギと頭を下げた。咄嗟にテーブルに両手をついてしまったせいで、姿かたちはほとんど土下座だ。
机上の空論として終わった暴露計画は、水淵先輩と俺の胸の中だけに、そっとしまわれることとなった。
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