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「全部、仕組まれたことだったのよ」
水淵先輩は空のグラスにワインを注ぎながら、小さな声で言った。
表面上、冷静さを保っていたが、ボトルを握る指先は力が入って白く濁り、唇の端が怒りにヒクついている。
「全部?」と聞き返すと、中身の減ったボトルが静かにテーブルを叩く鈍い音の後で、先輩の指がスマホに向いた。
照明の落ちていた画面を点け、ズームを解除してカップルの写真に戻す。
「婚約者はこの男。そして、ストーカーは…」
「えっ…」
思いがけず、声が出た。咄嗟に片手で口を覆う。
淡いネイルの爪が指したのは、男と腕を組んで寄り添う笑顔の女性だった。
「あかりと交際しながら、この男は浮気をしていた。その相手が彼女」
結婚に向けた準備を進める最中、男は木野さんを疎ましく思うようになった。だが、自分から破談を持ちかければ角が立つし、浮気も露呈しかねない。
そこで男が考え付いた案こそ、浮気相手にストーカーを演じさせて木野さんを追い詰め、彼女の方から破談させるというものだった。
「取引先に偶然、この男がいたの。写真を見たことがあったし、名前も歳も一致してた。婚約解消したばかりなのに〝同棲中で結婚間近〟だって言うから、気になって調べたのよ」
一頻り経緯を話し、先輩はスマホを見つめたまま長い髪を耳にかけた。露骨には感情を表に出さない先輩の、イラついている時の仕草だったと頭の端で思い出す。
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