第1話 アズレリアの宝物庫

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第1話 アズレリアの宝物庫

 アイオライト王国。  その王国には、それはそれは美しいお姫様がいた。  そのお姫様は精巧に作られた人形のように美しく、幼い頃からその輝きを放っていた。  青みを帯びた菫色の艶やかな髪。  吸い込まれそうになるぐらい透き通った灰色の瞳。  誰もが見とれる端麗なその姿。  だが、羨むのは外見だけではなかった。  姫の内面も美しく、寛容的でお優しかった。    また、聡明でいて、かつ、剣術や武術、魔術も極めていたので、周りからは「完璧姫」とも呼ばれた。  そんな彼女は、当然おモテになった。  隣国の王子や公爵子息たちからにはこれでもかというほど婚約を申し込まれ、すごい時には地球の反対側の国の王子からも婚約の話がきた。  しかし、完璧姫は全ての申し込みを断った。  仲には友人となった人物もいたが、決して誰とも婚約しようとはしなかった。  そんな完璧姫には少し変わったことが。  それは、自分の名前がついた宝物庫を持っていたこと。  王様も妃様も他の兄弟も、自分専用の宝物庫は持っていない。  だが、完璧姫だけ所有していた。  しかも、その宝物庫の出入りは完璧姫だけ。  王様も妃様もみんな出禁だった。  そのため、そこに何があるのかは他の人は知らない。  長年使える侍女や執事長すらも、宝物庫に何があるのか知らなかった。  噂では、金や宝石が置かれているのではないかと言われ、また、違う場所では代々受け継がれてきた書物が大切に保管されているのでは?とも言われた。  でも、誰にも真相は分からない。  そんな秘密だらけの宝物庫の名前は『アズレリアの宝物庫』。  完璧姫アズレリアがこの世で一番大切にしているものが、そこにはあった。   ★★★★★★★★  僕はイヴァン・カーター。  17歳の執事です。  といっても、働き始めて半年しか経っていないのでまだ新米執事。  僕の家は代々、王族に使える執事の家。   なので、ある歳になると、執事見習いとして王城で働き出すのだが、僕はそうしなかった。  なぜかというと、「騎士になりたい」という夢があったから。    いつか見た騎士の姿が僕にはかっこよく映り、自分もそれになりたいと思ったのだ。  そして、その夢を叶えるため、親を説得し、15歳の時に騎士学校へ入学。  しかし、学校ではいい成績が出せなかった。   いくら頑張っても剣術は上達しない。  試合では負けっぱなし。    まぁ、魔法は幾分マシな成績を出せていたが、魔法が使えたって騎士にはなれない。  そうして、2年後。  僕は騎士の才能がないと認め、学校を自主退学。  おじいちゃんの強い押しがあり、執事として働くため、執事学校に入学。  途中入学ではあったが、授業も実習も苦ではなかった。  むしろ簡単だと思った。  執事なんて向いていないと思っていたが、これなら意外とやっていけそうだな。  そうして、平穏に学校生活を送っていたある日。  「カーター君、あなたなんで、そんなにも優秀なのに、早く執事にならなかったの?」    と先生から言われた。  どうやら、僕は執事の才能があったらしい。  あっはー。  執事の家に生まれただけはあるね、僕。  そして、今から半年前。  執事学校を卒業し、執事として働き始めた。  初めて職場はなんと王城。  いきなり王城でいいのかとは思ったが。  『イヴァン君はぁー才能があるから大丈夫ぅー』  と甘々おじいちゃんに言われ、決定。  最初は見習いだから、裏方の雑用とかから始まるのかなーと思っていたが、配属されたのはまさかの専属執事。  しかも、あの完璧姫――――アズレリア姫の執事。  完璧姫の元で働くとか、執事も完璧でいなきゃでしょ?   はー。  緊張で胃に穴が空きそう。    「あら、あなたが今日からわたくしの執事さん?」  だが、いざ行ってみるとそこまでもなく。  「は、はい!」  「よろしくね」  「よろしくお願いします!」  姫様のあまりの美しさに惚れてしまいそうだった。  働き始めて分かったことだか、姫様には侍女は1人しかいない。  1人の侍女以外全員執事。男だ。  どうやらアズレリア王女殿下が指示したことらしいが。  まさか夜にはあんなことやこんなことをさせられる?  いやーん。  僕、そういうのやったことないから、わかんなーい。  「仕事内容の説明は受けているかしら?」  「はい。執事長に一通りはお聞きしております」  「じゃあ、その指示通りにお願いしますね」  そう言って、王女様は僕ににっこりと笑いかけてくる。  そうして、僕は無難に仕事していた。  意外にも評価はよく、しょっちゅうみんなから「さすがカーター執事長のお孫さんだ。仕事が早い」と言われた。  普通に仕事をこなしているだけなんだけどな。  そんな本音は言わず、「ありがとうございます」と返事。  そうして、執事の仕事をし始めて、1ヶ月。  これから夕食の時間だというのに、王女はどこかへ出かけようとしていた。  「殿下、今からどこへ?」  「ちょっと……ちょっとね?」  姫は頬をかき、「察して?」みたいな雰囲気を出す。  いや、そんな顔をされても。  何か分かりませんよ。  「これから夕食の時間ですが、夕食はお召し上がりにならないんですか?」  「ええ。今、あまりお腹が空いていないからいいわ」  昼食以降何も食べていないだろうに、いいのか。  あ、もしかして、ダイエット中?  えー、結構痩せてるのに。  ダイエットする必要はないでしょうに。  そうして、僕が付いて行こうとすると、アズレリア姫はなぜか足を止めた。  「あ、イヴァンはこないで」  「え? なぜです?」  外に1人で行くのは危ないような気がする。  しかし、姫様は横に首を振り。  「理由は言えないけど、でも大丈夫だから。外には行かないから」  「そうですか。では、僕は就寝の準備でもしてますね」  「ええ、お願い」  そうして、アズレリア姫は自室を出ていった。  ――――――――数時間後。  一向にアズレリア姫は戻ってこない。  どこでなにをしているのやら。  もしかして、倒れた?  僕は王城の中を走りだす。  すると、ある方とばったり会った。  「あら、イヴァンさん」  「セレーナ殿下」  アズレリア姫と同じ髪色を持つ、小さなお姫様。  彼女はアズレリア姫の妹君、セレーナ様。  「セレーナ殿下、アズレリア殿下をお見かけしませんでしたか?」  「お姉様? ああ、お姉様ならきっと宝物庫にいると思いますわ」  「ありがとうございます」  「いえいえ。でも、廊下は走らないように」  そう言って、セレーナ様はどこかに去っていった。  僕よりも年下だろうに、随分としっかりした人だ。  そうして、アズレリア姫の居場所を知った僕は宝物庫へと向かった。  宝物庫があるという部屋の前。  そこには豪勢な両開きドアがあった。  ドア上のプレートには『アズレリアの宝物庫』。  宝物庫がある場所は知っていたけど、ここには初めて来るな。  若干ドアが開いており、そこから中の光が漏れ出ていた。  宝物庫って金とか宝石とか貴重なものが置かれている場所だよな。  そんな宝物庫で、王女は一体何をしているんだ?  金とか宝石とかを眺めているのか?  ドアをそっと押す。  かぎは閉まっておらず、僕はそのまま中に入る。  すると、そこには。  「なんだこれ……?」  全ての壁に棚が設置されてあり、棚にはぎっしりと本が置かれていた。  壁だけではない。  床にも積み上げられた本、本、本。  僕はその中から1冊を手に取る。  その本の表紙にはキスをしようとする2人のイケメンが描かれていた。  え?  これってまさか…………BL本?  信じられずに他の本を見たが、全て描かれているのはイケメンばかり。  あれ?  ここに置いてある本、全部BL本じゃね?  え? うそ?  僕、あのアズレリア姫の宝物庫に入ったよな?  信じられずに、僕は一旦部屋を出る。  しかしプレートには確かに『アズレリアの宝物庫』の文字。    信じられない。  完璧姫の宝物庫がBL本だらけなんて。  …………ああ、そうだ。  きっと誰かに脅されて、BL本を置いてるだけなんだ。  きっとそうだ。     …………いや、姫が誰に脅されるんだよ。  脅すとしても、陛下か、妃殿下、兄殿下ぐらいしかいない。  その中でBL好きな人なんているはずがない。  となるとやっぱり……。  「…………」  …………よし。  入っても、何も見なかったことにしよう。  そうしよ。   そうして、僕は宝物庫の中へもう一度入る。  再度見ると、部屋の奥には、本と書類だらけ大きな書机。  その机の一部では、見覚えのある1人の少女がすやすやと突っ伏していた。  「殿下……?」  アズレリア姫は机に頭を乗せて、寝ていた。  完璧姫と言われる彼女にしては珍しい光景。  僕は姫の肩を揺らし、起こす。  「起きてくださーい。ここで寝たら、身体を痛めますよ」  「う゛ぅ……」  「殿下、起きてください」  「まだ……原稿はできてないわよ……」  原稿?  姫は何を言っているのやら。  寝ぼけているのかな?  姫の肩を揺らしつつ、机の周りを見る。  そこにはペンや大量の用紙、スケッチしたであろうノートなどがあった。  ペンは普通のじゃなさそうだし、変んなものさしがあるし……これって漫画を書く時の道具だよな。  と周りを見渡していると、姫が身体を起こした。  「ん? あれ? イヴァン?」  「ようやくお目覚めですか、殿下。さ、寝室に行きましょう?」  「寝室? 私はまだ寝室には……」  と言いかけたところで、姫はハッと息をのんで、突然立ち上がる。  「な、なんでイヴァンがいるの?」  「なんでって言われましても……」  帰ってこないアズレリア姫が心配になって来ただけで……。  と答えようとした瞬間。  「うげっ」  姫にガっと胸ぐらをつかまれた。  彼女はガっと顔を近づけてくる。  もう少し近づけば、キスできるよう近さ。  そんな距離で、姫はこう言ってきた。    「イヴァン、今すぐ記憶を消しなさい!」  「え?」  そして、姫に殴られて、僕は気を失った。
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