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かかってきた電話に、店長は眉を顰めた。
撫子がこの店で働き始めてから、二年がたっていた。
最初は計量するだけで半日が終わる、役立たずだったが、それでもコツコツやると人間成長するらしい。今では重要な過程も任せてもらえるようになった。
撫子の能力も上がったが、店が評判を呼び始めると、そのうちテレビや雑誌の取材も受け、有名なナントカという人が褒めたとか褒めないとかで、また評判になり、二人で切り回すのも限界に近づいていた。
とりあえず、売り子を増やそうと、求人を出し、来週から来てくれることになっている。
あの眉の顰め方は、その子じゃないな。
「はい、はい。分かりました。折り返し連絡します」
店長は電話を切ってから、あきらかにオロオロし始める。
「店長?どうかしたんですか?」
見かねて撫子が訊くと、店長は申し訳なさそうに笑った。
「撫子さん、ちょっと店を頼んでもいい?」
「え?」
今まで、たとえ短時間でも、撫子が店を任せられたことはない。急に必要になったものの買い出しは撫子が行くし、業者とのやり取りも店先で済ます。そもそも、この店は営業時間が短いので、後の用事は店を閉めてからでも事足りた。
撫子の怪訝な顔に、店長はいよいよ困った顔になった。
「息子がね、学校で熱を出したらしい。いつもは上の娘に頼むんだけど、今日は旅行に行っていて」
子どもがいたんですか?
そう叫びそうになって、撫子はかろうじてこらえた。衝撃が過ぎ去ると、急にぽっかりと胸に穴が開いたような気がした。なにか大事なものがなくなってしまったような。
店長が実はかなり年上であることも、うすうす分かっていた。直接聞いたことはなかったが、会話をしている時に、年代の違いを感じることがある。好きな歌手や漫画の話などをすると、特に顕著だ。
もちろん結婚して家族がいるのかが、全く気にならなかったと言えば、嘘になる。だが、訊く機会はなかった。訊きたくないと言った方が正しいかもしれない。そんなどうでもいいことで、この場所がなくなる方が嫌だった。
それでも、結婚していないことの証拠を探している自分がいて、結婚している証拠が見つからないことに、安堵していた。
二年間も一緒にいて、家族の話が店長の口から出てきたのは、これが初めてだった。
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