第一章

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「うわぁ! 出たぁ」 「怖いぞぉ」 「あっち、行けっ」  廊下を響く、男子たちの声。私はスカートの脇をぎゅっと握りしめた。  夏休み明けから毎日この調子だ。それもこれも、全てはあの映画のせいなんだ。  七月末から公開されたホラー映画。怖さマックスとの評判で、この夏一番のヒットを記録した。その記録は現在も更新中なのだとか。私はまだ観てないけれど、情報は自然と耳に入ってくる。イケメン主人公に想いを寄せる女性が、どうやら私と同じ名前らしい。  どこが問題かって? う~ん……それがね、彼女はヒロインの恋敵的存在で、しかも幽霊なんだって。叶わぬ恋に同情はされても、どうしたって邪魔者扱いよね。  幽霊っていっても、ファンタジーに出てくる可憐な女の子とか コメディに登場する愉快なのなら まだ良かった。そんな欠片もないバリバリの怖~いやつだから、マジでやばい。  一瞬でも彼女の姿を目にしようものなら。その晩は夢に出てきて うなされること間違いなし! そんな圧倒的存在感で、ヒロインよりも余ほど記憶に残るキャラクターとなったようだ。 「お前さ、一気に有名人じゃん! 良かったな」  幸太郎までがからかってくる。小さい時からの仲良しだって信じてたのに、この裏切り者っ。 「全然良くない! ってか、それ私じゃないし」 「まあまあ、そんな怒んなよ」  笑いながら嗜められても、気は収まらない。 「ゆ――」  つい出そうになった言葉を慌てて飲み込んだ。これ以上 からかわれては堪らない。  昔アニメに「うらめしなんて流行遅れ」と言った愉快なお化けキャラクターがいたそうだ。件の彼女も「うらめしや」とは口にしない。代わりに愉快さとは無縁の怨念の込もった声でこう唸るのだ。 「ゆ・る・さ・な・い~」
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