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能力値の高い人間を遺伝子工学で意図的に生み出し、将来のテロリストとして育てる。かつてそのような禁忌の実験を行う違法施設があった。
その悪夢のような実験室に生まれ、助け出されて社会を知った。身体能力の高さから士官学校をトップで卒業し、移民船団ブラボーⅡの統合軍幹部養成校パイロットコースに所属。ついに戦闘機パイロットへの道が開いて、彼女、ミラ・スターリングは誰よりも訓練に励んだ。
特異な出自も相まって、奇異の目を向けられても彼女はめげなかった。そもそも、自分以外の女性戦闘機パイロットなぞこの船団にはいない。輸送機のパイロットなら最近増えたと聞くが、戦闘機は身体にかかる負荷が他の航空機とは比べものにならないほどあるのである。女性に対しても門戸を開いて入るのだが、訓練も過酷を極め、続いた者がいなかったのだ。それを、並み居る男性陣を蹴散らしてその年の首席で合格し、正規軍人となったのが彼女であった。
すらりと高めの身長、一方肉感的で女性らしい身体。人ならざる七色に輝くグレーのショートカットに瞳はオレンジがかった金色。意思の強そうな眉と引き締まった口元が、大きめな目で童顔にも見える顔つきをクールに引き立てている。十人の男のうち九人が美人と言うだろう、整った容姿である。
だが軍隊において容姿なんて関係ないし、ましてや男も女もない。苛烈を極める訓練の日々。宇宙空間での実践演習だけでなく、格闘技戦の時間もある。一番多いのは基礎体力訓練である。
正規の軍人になったとて、訓練に次ぐ訓練の毎日。
その代わり映えのしない日々の中で見つけた明確な目標は、シミュレーターの撃墜カウントナンバーワンである。これほどわかりやすい目標もあるまい。
もはや楽しみと言っても過言ではなかった。彼女は可能なかぎりずっとシミュレーターに乗って模擬戦技をこなし撃墜記録を稼いでいるのだが、一人だけどうしても抜けない相手がいた。ドルフィンとかいう男である。
おそらく男だ。今、自分以外に女性パイロットはいないというし。
「直に模擬戦してみたいな」
シミュレーター上ではタックネームしかわからないが、調べればすぐに所属や本名がわかるはずだ。タックネームとはtacticalの名前の略である。つまりパイロット個人個人が持つあだ名を兼ねたコードネームのようなものだ。ミラの所属する統合軍はさまざまなルーツの人間が多く、わかりやすいあだ名が重宝される。
彼女は好奇心からコンピュータにアクセスした。別に機密情報でもなんでもない。ただの隊員名簿である。
指はキーボードを迷いなくドルフィンとタイピングし検索する。本来写真つきのプロフィールが現れるはずであるが、写真はブランクであった。
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