1 自家製塩バターパン

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1 自家製塩バターパン

 美味しいものを食べて幸せにならない人はいないと思う。  そう思いながら私は自分が気になったお店へ食べに自転車で向かったり、作ってみたいと思った料理を材料を調達して作ったりする日々を過ごしている。  そんなある日、テレビで塩バターパンが作れると知った私は母に軽く相談してから材料を準備して作っていくことにした。お店で買うのもいいけれど、家で食べるからこそのありがたみもあったりするからである。  パン生地を練るのに取り出したのは、某新型感染症の関係で10万円が給付された際に思い切って買った今までずっと憧れて欲しいと思っていたBoschのコンパクトキッチンマシン。  買ったきっかけはお菓子作りや料理の関係でずっと憧れていたというところがあるし、別売りされているアタッチメントにミンサーという塊のお肉をひき肉にする機械があることもあってこれで猪ソーセージを作ってみたいということである。  基本に付属されているものでもスポンジ生地とかクッキー生地とかパン生地とか、なんだったらうどん生地までできるから便利。今となっては買ってよかったと思う調理器具その一に入っている。  パン生地も1kg分までは対応してくれるから大変便利。素手て捏ねていると手にまとわりついたり、なかなかまとまらなかったりと大変なのだが、キッチンマシンは無言で捏ね続けてくれる。  パン教室に通っていたこともある母は稼働するキッチンマシンを見て『あんたは無言で捏ね続けてくれるねぇ』なんて言う。なお、パン作りのたびに言うものだから三回目ぐらいの時には『おかん、毎回言うよな。それ』と返すようになった。  塩バターパンを作るきっかけは『せっかく作れるなら焼きたての塩バターパンを食べたい』という実に単純なものである。  基本私の料理のきっかけは自分が食べてみたいあるいは作ってみたいというものだから家族は特に気にしない。よほど奇をてらったもの、例えばカエルとかヘビを材料にしたものだったら苦情が出ていただろうけれどもさすがにそれはする予定はないから問題ない。  閑話休題。  塩バターパンを作ると言った際、母と姉は特にあれこれと言わず、シンプルにいいんじゃない? という程度のものだったが、思いのほか喜んだ人がいた。私の父親だ。  どうもうちの父親はパンの中では塩バターパンが好きらしく『今度作ろうと思うんよ』と話したら『ほぉ!』とあからさまにワクワクしている声を出していた。普段これを作ってみたいと思ってるという話をしても目立った反応をしないおじさんのあからさまにワクワクした声には少し驚くものがあった。  父が単身赴任中、近くでキムラヤのパンで塩バターパンをよく買って食べていたという話をウキウキしながら話すのを見ながら、ウキウキしているのを娘に悟られる程度には好きなのだなと思いながら塩バターパンを作っていった。  焼きたてのパンというのはそれだけでも魅力的だ。パン屋で焼きたての香りを感じとれるとそれだけで幸せな気分になってウキウキしてしまうし、パン屋の中でどのパンにしようかと考えているときに店員から『ただいま〇〇焼きたてでーす』と言われてとらない人はいないと思う。  個人的に家でパンを作って焼く最大のメリットは焼きたてをその場で食べれる幸福だと思う。これに勝るメリットがあるならむしろ教えてほしい。  ただ、注意しなければならないのは焼きたての美味しさに夢中になって後々食べる分まで食べてしまうことである。  昔、パンを作ったときにそのままでも美味しいと姉とはしゃぎながらジャムやマーガリンをつけたらどうなんだろうという考え、実行した結果二人で焼いたパンを半分近く食べてしまい慌ててこれ以上はアカンとストップをかけたのは今となってはいい思い出である。  そんな懐かしさを持つ家でのパン作りだが、無論大変なところは大変だ。  コンパクトキッチンマシンを買ってからは、そこらへんは特に問題じゃなくなったのだが買ってなかった時は手で捏ねていかねばならない。  先ほどのようにパン生地というものは最初のころはなかなかまとまらず、手にべたべたとまとわりつくのがいかんせん捏ねにくさと不快感が合わさってくる。  主食系のパンだからまだましだけれども、これが菓子パンとかになると甘くしっとりさせるために水分量が増えることが多いため余計捏ねにくさが跳ね上がる。  昔パン作りにはまったことがあったものの、結局やめたのはそこが理由だったりする。  それだけでなく、パンの味を決めると言っても間違いがない小麦粉は昨今高くなっているし、バターは問答無用で高い。だからといってショートニングを使うと味に影響が出る。  幾度か塩バターパンを作ったが、コイツは本気でバターを食らうパンである。生地を練る時にもバターを使うし、成形するときにはバターを芯にして巻くものだから更にバターを使う。  家で食べる個数分を焼くとなるとスーパーにある200gで売っているバター一つ分じゃあちょっと足りず、二つ買わなければならない。これだけで財布にはとても痛い。お菓子作り、パン作りにおいてコストがかかる代物の一つに間違いなく入る。  二度目の時にそれが面倒でショートニングを使ったら父親にばれた。塩バターパンを好きだと明言しているおじさんなだけあって、速攻で気づいた。ショートニングを使っている分バターの香りが薄いだの、やっぱりバターをしっかり使った方が香りや味もいいだの、色々と言っていた。作らぬ割には好き勝手なことを言うものである。個人的に改善点を求められてない段階であれこれ言うのは父の欠点だと思っている。  とはいえども、私としても数度塩バターパンを作っていった結果、やっぱりバターをしっかり使ったものの方が美味しかったというのは同じ感想なので今後も作るときには惜しみなくバターを使っていくつもりではある。  作る時間の余裕などの観点から、最初は夕食前に焼いて焼きたてを夕飯時に試食して翌朝あたためなおして食べる、ということをやっていた。というよりは、最初は焼きたてを一個、家族全員で分け合って食べてあとは明日のお楽しみにする予定だったが、全員見事に『焼きたてのパンが食べたい』という衝動にあらがえなかった結果である。  わざわざ明日のお楽しみにした理由としては、私の家ではパンは土日祝日の朝に食べるもの、という感覚だったからである。これは単純な話各家庭による感覚の違いというものだろうけれども、少なくとも私はそういう生活を二十年以上はやっているものだから私にとっての当たり前となっている。  そうなれば、私としては焼きたての塩バターパンを朝、食べたいと考えた。わりと家族全員も同じ気持ちだったらしく、その話をしたら全員頷いていた。実際、父方の祖母は、パン生地を夕方のうちに作って、翌朝焼くことで焼きたてのパンを朝食べるというのを楽しんでいたと母から聞いた。何故、父方の祖母の話なのに父ではなく母が知っているのかというささやかな疑問があったが、それだけ会話があったということだろう。  とはいえども、朝に起きてパンを捏ねて発酵してなんて作業、家ではできない。実際、祖母も夕方のうちに作って翌朝焼いていたわけだし。  そういうことで調べてみるとパン生地の中にはオーバーナイト製法という方法があり、一晩じっくりと発酵させて焼くという手法がある。それを二次発酵で行うことにした。二次発酵してそのままオーブンでブンしてしまえば、朝には焼きたてのパンが楽しめるという算段である。恐らく祖母もこうしていたのだろう。  そういうことで実践してみたがこれは非常に良かった。欠点としては冷蔵庫のスペースを相応にとっておかなければならないという点と、冷蔵庫という低い温度帯で発酵させるためイーストの分量をきちんと計算しないとわりと悲惨なことになることだが、そこらへんはまあ、焼きたてパンを朝食べれる幸せを考えれば目がつぶれる程度のことである。  焼きたての塩バターパンはとても美味しい。  焼きたてのパンというだけで幸せを感じる香りがキッチンいっぱいに広がっていく。塩バターパンはバターをたっぷり使っている分、バターの香りも一緒に広がるからこれだけでも幸せになる。  生地の上部分はふんわりとしていて、底部分は芯にしたバターがしみこんで焼かれた結果、少しさっくりしている。作ってみる前は何故、塩バターパンは中心に空洞があるのか疑問だったが、実際に作ってみるとそこはバターがあったところなのだろうと納得がいく。  お店で食べているだけではわからなかったことを知ることができるのも、料理の楽しいところだ。  もちろん、お店で美味しいものを食べるのもとても楽しいのだが、それに関してはまた食べたときに。
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