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崩れ落ちる騎士の体を両手で支えて寝かせると、リューゲルは遠くの空気を操った。ポーンと、先ほどの不審者が城壁から放り出される。落下に抗う素振りがあったので、ついでに風で上下に何度も揺さ振ってやった。
「さてと」
リューゲルが指を止める。男は目の前でドタンと地面に尻をついた。
「覗き見は不問にするとして。騎士殿を魔法で洗脳したのは貴方で合ってますか?」
あごひげの魔法使い――ちなみに知らない男だ――が、凍りついた表情でこちらを見上げた。
「ああ、別に貴方に危害を加えるつもりはありませんよ? ゼント殿が貴方を許すかどうかは別の話ですが」
「どうして分かった?」
「分かりやすかったからです」
リューゲルが言うと、男の顔に陰鬱な影が差した。
ゼントは5人の騎士の中でも忠義の心が強いことで知られているが、今日は初めから行き過ぎていた。まるで、冷静に考えるのを放棄してしまったかのように。彼の瞳に薄らと他人のエネルギーが過ぎって、リューゲルは悟ったのだ。
これは、自分を破滅させるためにどこかの魔法使いが仕掛けた、単純な妨害工作だ――。
王族に寵愛されているように見えるのか、人より魔法が得意なせいか、ときどきそういう人間に出会うことがある。昔は気にしていたがもう慣れてしまった。ゼントを選んだのは、彼の忠誠心を利用すれば術が容易だったからだろう。そして無論、強かったから。もしかするとこの男は、騎士であるゼントのことも妬ましく思っていて、一石二鳥を目論んだのかも知れない。
「リューゲル……お前、いつでも彼を止められたんだろ? 全部気づいてたんなら、なぜもっと早くこうしなかったんだ?」
男の疲れ切った声色に、リューゲルはニヤリと微笑んだ。
「こんな機会はまずないですからね」
王と王国のことしか頭にない彼が、自分を見てくれるなんて機会は。この程度の打算は許してほしい。
リューゲルは天に向かって小さく手を振った。羊のような雲がだんだんと移動していき、まぶしい太陽が殺風景な大地を明るく照らした。
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