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星はもう一口レモンのギムレットを口に含んだ。彼は心なしか少しだけ爽やかな気分になった。
「この前の話で、俺が星キミに猛アタックしたって言ったけど、そんな行動を取ったのは本当はその結婚した旦那だったんだ」
「そうですか。それで?」
片桐は相槌だけ打ち、話を進めるように星を促した。
「旦那は学生でも講師でもなかった。専門学校の講師の知り合いで現役のパイロットだったんだ。その時は確か副操縦士じゃなかったかな。その知り合いの講師は少し前まで添乗員をしていた関係で業界では顔が広かったんだ。理由は覚えてないけど時間の都合もあるからってそのパイロットが学校に直接講師を訪ねて来たんだよ。そして偶然講師に質問しに職員室に来ていた彼女と出会ってしまったらしい」
「出会ってしまった……ね」
「そう。だってそいつは一目で彼女を気に入って自分の連絡先を渡しただけじゃなくて、パイロットの仕事を見学させるだなんて言い出したんだ。って、その講師が教えてくれた。俺に教えてくれるくらいなら、2人がうまくいくように仕向けないで欲しかったよ……。本当に……。
おまけに飛行機に乗るのも見るのも大好きな彼女は二つ返事で見学に行ったそうだよ。信頼していた講師の知り合いだから余計な警戒心はなかったと、ご丁寧にそんな事まで教えてくれたよ。
そして、気がついた時には2人は結婚を前提に交際をしていて、お互いの信頼を深めていたんだ」
「猛アタックをしたのはそのパイロットの方だったんですね……」
「結果的にはそう言うことになるのかな。でも俺がそれを知ったのは学校を卒業する時だったんだ。それまで彼女にそんな相手がいるなんて知りもしなかったよ。何にも知らない俺は近くにいるだけで満足して何も行動を起こさずにその状態に甘えていたんだ……」
「そんなことがあったんですね。でも今彼女は独身というか未亡人ですよね。それに仲良しすぎてお子さんはつくらなかったともおっしゃっていましたよ」
星はまた苦虫を噛み潰すような顔をした。
「そうだよ。そんなところに付け入りたいけど、今はまだ彼女は旦那の思い出を大切にしたいんだそうだよ。予防線を張ってる訳じゃないんだろうけど、彼女に言われてしまったよ。今はまだ、あの人の思い出を大切にしたいって。だから今は1番近い場所にいることだけが、この俺にできる精一杯なんだよ」
片桐は彼なりに解釈してみた。
「それは、彼女はまだ誰かと付き合いたいとか結婚したいとか思えないってことでしょうか。星さんそんな女性の側にいるのは辛くないですか? あっ、もしかしてそう言う趣味でもあるんでしょうか……」
すぐに星は反撃した。
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