5人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
翔也は、わたしも観たことがあるくらい有名なテレビ番組に携わっている制作会社で働いているらしい。
アシスタントディレクターと呼ばれる立場で、話を聞く限りいつ寝ているのかと不思議になるほど忙しい様子だった。
こちらからの連絡への返信は早くて数時間後、遅いと三日ほど経ってから『今見たごめん』と返ってくる。
だから、こちらから連絡する事は滅多にない。寂しくても、会いたくてもただひたすらに待つしかなかった。
翔也に会うまでのわたしは一体何をして過ごしていたのだろうか。思い出せないほどにわたしの生活は翔也で埋もれていた。
だから翔也から会社を辞めたと聞かされた時、心配よりも喜びの気持ちの方が優った。
これからはいつでも会える。
連絡は増えたし、こちらからの連絡にも応えてくれるようになった。
仕事が見つかるまで家に置いてほしいと頼まれればすぐに承諾したし、生活に必要なお金はできる限り用立てた。
お金を受け取るたびに「ごめんな」と表情を崩す翔也がたまらなく愛おしくて、わたしはこの顔を見る為ならいくらだって働きたいと思った。
同じ事の繰り返しだった事務の仕事も翔也のためだと思えばやりがいを見出せた。控えていた残業も積極的にこなした。休みの日には翔也を喜ばせたくて高級レストランを予約したり、欲しがっていた時計もプレゼントした。
このまま働かずにずっと家に居てくれたら。そんな願望が頭をもたげた。
現実はそう甘くはない。幸せな生活も長くは続かなかった。二人分の生活費に加えて贅沢を重ねた結果、貯金がみるみるうちに減っていった。
積み立てていた貯金や、保険を解約すれば捻出できなくもなかったが、すぐに使えるお金はあと少しだ。
そんな時、わたしは言ってはいけない事を翔也に言ってしまった。
「仕事見つかりそう?」
作った夕食を二人で食べている際、なんとなく聞いてしまったのだ。
途端に翔也は顔をしかめて言う。
「出て行けってことか?」わたしに見せる初めての表情だった。
「違うよ、全然そんなんじゃない」
慌てて否定しても、翔也の顔は元には戻らない。
「あの、お金けっこう少なくなってきちゃって……」
違う。そうじゃない。お金なんてどうにでもなる。わたしがもっと働けば二人分の生活費くらいはどうにでも。
ーーなかなか見つからなくってさ、ごめんな。
そう言って歪ませる翔也の顔を、大好きな表情を見たかっただけなのに……。
「わかったもういいよ。出て行けばいいんだろ」翔也が箸を乱暴に置いて、立ち上がる。
「待って、出て行くって翔也、行くとこなんてないでしょ? わたしと一緒に居て」
「ふざけるな。お前みたいなブスとこれ以上一緒に居る意味なんかあるかよ」
翔也の言葉に突然、部屋の中の色が消え去ったような心地になった。
「どういう意味……?」
「そのままだろ。金のないブスに価値なんかないんだよ」
「まって、待ってよ……」
引き止めるために伸ばそうとした腕は言う事を聞かなかった。
お金のため……? ウソでしょ……?
わたしの言葉を無視して、翔也は一度もこちらを振り返らずに部屋を出た。
翔也の姿が見えなくなって、ふいに鏡が目に飛び込んできた。涙で崩れた化粧、腫れぼったい目、平たい鼻、骨張った頬、薄い唇、全てが醜い。これが本当の自分だと認めたくなかった。
けれど、その一方でわたしは思う。やっぱり見た目が全てなんだと。
最初のコメントを投稿しよう!