美紀〜miki〜(メグ)✖️〜eita〜栄太

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 栄太が初めて店に来た日を今でも時々思い出す。  店に来る客は、これからの行為を想像してか、落ち着きのない男が多かった。店に慣れた常連は興奮を隠しきれてはいないし、初めて来るような男は不安と熱気を孕んだ気持ちの悪いテンションを店に持ち込む。  栄太はそのどちらでもなかった。興奮は感じ取れず、キャッチに連れられるままここに辿り着いた、といった印象だった。  正直に言うとこういう客はやりづらい。  見え透いたお世辞を言いながら身体を洗い、個室に戻る頃には剥き出しになった欲望をただ開放させてやるだけでいい単純な客とは違うから。  正気のない栄太の手に優しく触れながら、話を聞く事にした。彼にしてみれば、その時のアタシは一度きりのどうでもいい他人だったからか、ゆっくりと話しはじめた。  一週間前に姉が交通事故に遭ったのだという。  両親を幼い頃に亡くした栄太は、幼少期を歳の離れた姉と二人で暮らしていた。姉に助けられてばかりいた彼は、今度は自分が姉を助ける番だと思った。  けれど事故以来意識を失ったままだという。  突然、抱えきれない重みを乗せられたアタシはどうすることも出来なくて、ただ栄太の頭を撫でた。こんなことでどうなるわけでもないのに、アタシはそれでも時間がくるまでずっとそうしていた。自分の胸で栄太の顔を包んで、ただただ頭を撫でた。  三日後、渡していた名刺に書いてあった仕事用の連絡先に栄太から、姉が亡くなったとの報せがきた。  アタシは居ても立っても居られなくなって、栄太に会いに行った。  それからは客としてではなく、弟のように栄太を可愛がった。栄太の姉になりたい。栄太の方が二つ年上だというのにアタシは何故かそう思ってしまった。  ただ漠然と生きてきた二十三年の中でようやく自分の役目を与えられたみたいで嬉しかった。  栄太の姉が他界してからしばらくして栄太は仕事を辞めた。とても仕事ができる状態ではなかったし、唯一の肉親の死というものがどれほど彼の精神を蝕むのか、正直なところアタシには想像することしかできなかった。  だからアタシにできる事は栄太の生活を支えることくらいだった。  アタシは栄太の恋人ではない。姉なのだ。キスもするし、身体を重ねてもそれは姉としての愛情表現の一種だ。  その甲斐あってか、最近は随分と生気を取り戻している気がする。  このままこの生活が続けばいいのにと思う。  いつ出ていってもおかしくないから、家を出る度に不安になるし、栄太を確認すると安心してそれだけで嬉しくなってしまう。 「どうした?」  栄太の声でふと我に返った。 「ううん。食べよ」  唐揚げを頬張る栄太の顔は幸せそのもので、アタシはそれをいつまでも見ていたかった。
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