判明

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 数が合わなかった。  私は、自分のコンビニ店で在庫の確認をしていた。目の前のパソコン画面には、整然と数字が並んでいる。これらはすべて、この店の商品の数を示している。入荷した数と、売り上げた数、そして店に残っている在庫の数である。確認作業のため、店に残っている商品の数を、この表と照らし合わせているのだが、どうも数が合わない。 「やり直すか」  ため息半分の吐息と共に、チロルチョコをすべて箱に戻す。単純だからこそ、集中力が必要な作業だ。私はコーヒーを一口注ぎ込み、チョコを箱から一つずつ取り出した。 「いや、数え直すなよ」  後ろからのヤジがぐさりと刺さる。私のことを敬わない、容赦のないツッコミ。そんなことをするのは、彼女しかいない。私は、鬱陶しさをアピールするようにゆっくりと振り返る。そこにいたのは、学生アルバイトの多田野さんだった。 「今日も閉店まで悪いね。もう、帰っていいよ」  そう吐き捨てて、私は作業に戻る。途中まで数えた数字は忘れてしまったから、一からだ。 「いや、だから」  多田野さんは素早く近づいてきて、チロルチョコをすべて箱に戻してしまった。また一からだ。 「数え直すの五回目でしょ」 「でも、数が合わないから」 「でも、流石に五回はやり過ぎですよ。百や二百個を数えているのなら、百歩譲ってわからなくもないですが。これ、このチロルチョコ、二、四、六、……十六個だけですよ。たったの十六個。何度数えても、数は変わりません。そろそろ、現実を見てください。万引きされたんですよ」 「えっ」 「そんな、好きな人に恋人がいると知らされたときのような、悲しい顔をされても困ります。足りない分は万引きされたんです」  またか。先月も同じようなことがあった。けど、数は前回と違う。 「前は四個だったよ」 「そうですね。今回は、十個なくなっています。犯行がエスカレートしています」  多田野さんは、パソコン画面を確認して言った。  うちの店に万引き犯が来ており、その犯行が徐々にエスカレートしている。 「これは対処する必要が……ある?」 「もちろんです」  私はその言葉を重く受け止めてから、無言でうなずいた。万引きの防止。どうすればいいのだろうか。対処法よりも前に、そもそも何が万引きされているのか。数が合わなかった商品が他にも。 「そうだ、カップラーメン。辛いやつ。あれも数が合わなかった」 「激辛地獄味ですか」  多田野さんは、器用にマウスを操作して、膨大なデータの中から、商品を見つけ出す。若い子はこういうのに慣れていて羨ましい。 「三個なくなってますね」 「三個も」  私は、ガックリと肩を落とした。小さいチロルチョコなら、万引きに気が付かなくても納得できるのだが、カップラーメンの万引きを見逃したと思うと、精神的ダメージが大きい。自分が不甲斐なく感じる。 「まあ、取ったのは全部私ですが」  私は、このとき初めて目が飛び出るという感覚を味わった。 「どうして。万引きしたの」  といいつつも、激辛地獄味を三つも食べたという、そっちの真偽のほうが気になっていた。 「これは万引きじゃありません。まかないですよ。飲食店によくあるやつです」 「ここは、飲食店じゃないよ」 「知ってますよ、それくらい。けど、店長、廃棄の弁当食べさせてくれないじゃないですか。だからです」 「それが会社の決まりだからね。仕方ないんだ。だけど、隠れて食べているだろ」 「それは、私じゃありません。家無さんです」  私は、このとき初めて飛び出た眼球が、目から転がり落ちる感覚を味わった。 「誰?」 「家無さんは、この店の……お隣さんです。ゴミ捨てのときに、たまたま知り合いました」  この店の隣は、駐車場か、または塀で囲まれている立派な豪邸だ。まさか、豪邸の住人がうちの廃棄弁当をあてにしているとは思えないが、多田野さんが嘘を付いているようにも思えなかった。 万引きに、弁当泥棒、初耳なことばかりだ。私の信用がないのかと自己肯定感は地面スレスレの低空飛行を始めた。 「けど、そんなことはいいんですよ。それよりも、万引き犯をどうしますか。全体的にお店のセキュリティを上げませんか」  しかし、落ち込んでいても仕方ない。万引き犯は許せない。彼女の言う通り、何かしらの対策が必要だ。 「それじゃあ、まずはできることから。監視を強化しよう」 「そうこなくっちゃ」  楽しそうに飛び跳ねる多田野さんを見ていると、なんだか、彼女にいいように乗せられた気がしなくもないが、こうして私は、万引きの防止対策に取り組むことを決めたのである。
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