摘発

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摘発

 チロルチョコの万引き犯はすぐに見つかった。というよりも、私が見逃していただけなのだろう。小さな小学生を叱るのは心が痛んだが、大人は子供を躾けるのが仕事だ。 「大きなおじさんが、子供をいじめているみたいでしたよ」 「おいおい、やめてくれよ。やっぱり、慣れないことはするものじゃない。悪いことをした気分だ」  お菓子の前ではしゃぐ子供を見て、元気をもらっていたというのに。店から出ていく今の彼らの小さな背中を見ていると、元気が奪われてしまう。言い過ぎたかなと少し後悔。 「さあ、どんどん行きましょう」  多田野さんが力強く背中を叩く。びっくりしたし、痛かった。容赦がないなこの子は。 「次は、成人誌万引き犯です」  だけど、このときばかりは、彼女の底なしの明るさに救われていた。  多田野さんはレジを担当し、俺は商品を整理するふりをしながら、雑誌コーナーに居座る男性を横目で見つめていた。  彼女が両手で目を見開く。おそらく、怪しいからよく見ておけということだろう。  私は彼女に親指を立てて返した。こうして意思疎通を取れるほどに、親密度は向上した。この活動は、店の雰囲気向上にもつながっているのではと感じる。  男は、周りをチラチラと伺っている。チャックが空いたショルダーバッグを装備していることから、犯行に及ぶのは時間の問題だろう。私は男の隣の通路から、商品棚の隙間を通して様子を伺う。現行犯逮捕には、一度商品を持って店を出てもらう必要がある。タイミングが命である。早ければとぼけられ、遅ければ店の外に逃げられてしまう。  男は、誰にも見られていないと確信したのか、慣れた手付きでカバンの中に雑誌をねじ込んだ。よし、犯行の瞬間は確認した。後は、男が店の外に出た瞬間に捕まえるだけだ。  すると、予想外なことに、男は早歩きで出口に向かった。私は、一瞬出遅れてしまったことを自覚し、多田野さんに目を配る。しかし、運の悪いことにレジで接客中だった。そのため、こちらに気がつかない。私が捕まえるしかない。    男は、自動ドアを出た。このタイミングで捕まえたかったのに、あと一歩届かない。それを悟った私は、大声で叫んだ。 「万引き犯です。誰か捕まえてください」  驚いて振り向く犯人。慌てながらも、乗ってきた自転車に足をかけたときだった。その犯人に猛スピードで突進する影が現れる。あまりにも一瞬の出来事に、散歩中の犬が駆けつけたのか思ったのだが、そんな偶然はなかった。 倒れ込んだ犯人を抑え込んでいたのは、チリチリの髪の毛に、シワシワの服を着た人だった。  状況が理解できずに、狼狽えてしまう。私が、唖然としている中、この人へと駆け寄ったのは、多田野さんだった。 「家無さん。大丈夫ですか?」
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