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邂逅
警察の事情聴取を終えて、ずっと疑問だったことを訪ねた。
「あなたが家無さん」
「はい。私が家無かおりです」
私達は、店の前で向き合っていた。
初対面のインパクトもあってか、はじめは判別がつかなかったのだが、その声の高さと仕草から推測するに家無さんは女性だった。
「本日はご協力いただき、どうもありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそいつもありがとうございます」
よそよそしく、下を向いたままお辞儀する家無さん。ソワソワしていて、どこか何処地が悪そうだった。
廃棄のお弁当が頭によぎる。この人が本当に、あの豪邸に住んでいるお隣さんなのだろうか。にわかに信じがたい。
「それじゃあ、私はこれで」
そういって、店前のゴミ箱に直行する家無さんは、ゴミ箱の中身を漁り始めた。
「ちょ、ちょっと、待って」
「なんですか?」
家無さんはこちらが、おかしいというような、眉間にシワを寄せた表情でこちらを見つめてきた。ゴミ箱を漁るのは普通でない。そんな、私の感性が揺らぐ。いや、そんなことはないはずだ。
ふと、目をやると多田野さんも驚いていた。私は、間違っていない。もしかして、家は豪華だけど、貧乏なのだろうか。だから、食べ物を漁って生活しているのかもしれない。
私は、今日のお礼も兼ねて、店から弁当を一つ持ち出した。
「これ、よかったら」
その弁当を差し出すと、家無さんは満面の笑みで、お礼を言った。何度も何度も、お礼を言った。腰を痛めそうなくらい何度もお辞儀をした。
それほどのことをした自覚がなかった私は、彼女の行為に対して、申し訳なさを感じる。これからは、廃棄の弁当を食べやすいように捨ててあげよう。そう心に決めた。
「では」
といって、踵を返す家無さんは、私と多田野さんに手を振った。手を振り合う二人の表情からなんとなく、知り合いであったことを察した。
そして、家無さんは、豪邸とは反対の方向へと曲がり、このコンビニと、隣の駐車場の間にあるうちの廃棄置き場へと消えていった。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って」
振り向くと、何の疑問も持たずに、多田野さんは家無さんに手を振っていた。
そんな多田野さんに対して説明を求めると。
「家無さん。家がないから、あそこで寝泊まりしてるいだけだよ。ほら、お隣さん」
とのことだった。
つまり、家無さんは、名字だけど、ほんとに家がない。お金もないと。
「はい」
私と家無さんは、店内裏の事務所で向き合っていた。もちろん、彼女は、廃棄の弁当を食べながら聞いていた。こんなこと、もちろんであっては困るのだが。
「いつからあそこに」
「一年前くらい。多田野さんにはすぐに見つかりましたが、見逃してもらって、店長には見つからないように、協力してもらっていました」
そういうことだったのか。
「どうして、あそこに」
「廃棄のお弁当が食べられるからです」
あぁ、当たり前のことを聞いてしまった。この人は生活に困っているんだった。
「私から、隠れていたのなら、どうして犯人を捕まえようと思ったんですか」
「それは、いつもお世話になっていて、店長が困っていたから。万引き犯で悩んでいるって、多田野さんから聞いていたから」
悪い人ではない。私に見つかって、自分の生活が脅かされることよりも、この店を助けてくれることを選んだ人なのだから。なら、
「一つ、お願いがあります」
家無さんが弁当をつつく箸が止まる。草食動物が、肉食動物に狙われたときに、相手の出方を伺うようにこちらを見つめる。
「廃棄の弁当は、もう食べないでください。あれは、消費期限が切れているものです。お腹を壊してしまうかもしれません」
「でも、それだと生活が」
私は、家無さんを黙らせるように、手のひらを向けた。
「その代わり、ここで働きませんか。住み込みで。人手は圧倒的に足りてないので、どうでしょうか。そして、働いたお金で、お弁当を買ってください」
その瞬間、家無さんは、呆然としたかと思えば、一筋の水が頬を流れた。今までの、こわばっていた体に、力は入っていなかった。それから、安心したように微笑んで、ただただ涙を流した。
「ありがとうございます」
そういって、家無さんは、涙が滴り落ちた弁当を再び口の中にかき込んだ。
「それが、最後の廃棄弁当ですよ」
私はそのまま、席を外した。
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