導入

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導入

 万引きは、監視の強化により減少していたが、監視をしようとすると日常業務にしわ寄せが発生していた。そこで、私達はあるシステムの導入を検討する。 「これはですね。最新技術を用いたレジシステムです。万引きは不可能です」  最終的に、私達の万引き対策は、人工知能による無人決済システムへと行き着いた。店内に無数のカメラを設置し、お客さんが手に取る商品を監視するというものだ。商品棚も交換する必要があり、量りの機能を搭載することで、精度を上げるらしい。 「とは言いましても、この値段ではねぇ」  セールスマンが提示したのは、店の改装費を含むシステム導入に必要な初期費用だった。その額なんど、一千万円。いくらなんでも、高すぎであった。 「こちらもビジネスですから。ほんとはこれでも安いくらいですよ。一から同じシステムを構築しようとすれば、何億もかかってしまいますから」  柔らかな微笑みで見つめられる。しかし、その目には確固たる心を感じた。商品に対する絶対的な自信。それがにじみ出ているようだった。  詳しく聞いた話によると、人件費が安く抑えられることで、一千万円という金額は、数年で回収できるそうだ。つまり、最初にお金があれば、損をすることはない。 「万引きで、売上が減っていると聞きました。売上を上げるより、万引きを減らした方が利益になるのではないでしょうか」  確かに、その通りだった。これ以上の利益を出すのは簡単ではない。それならばいっそ。 「難しい顔をされてますね。では、こうしましょう。今回、特別に、サブスクリプションという形で導入される。膨大な初期費用はかかりません。工事に一週間ほど、お時間を頂きたいため、それに伴う損失はそちら側の負担となってしまいますが。いかがでしょうか」  最初から、このシステムを導入するつもりだった。一千万円という大金も手元にはないが、融資を受ければ、用意できるだろう。今回の話し合いで、これだけ譲歩してくれたのだから、こっちに断る理由はなかった。 「では、それで。よろしくお願いします」  朝から騒がしい日は珍しかった。 新システムを導入した初日。店内には、誰よりもはしゃぐ家無さんの姿があった。商品をポケットに入れてから、店の外へ出るという行動を繰り返す。 当然、システムがそれを検知して、ブザー音が鳴り響く。 「こりゃ、万引きできませんよ」  新しいおもちゃを与えられた子供のような顔をしていた。 「当然だよ。そういうシステムなんだから」 「でも、私、心配していたんですよ。店長が騙されているかもしれないと。無用な心配だったみたいですね。返してください」 「そのうちね」  私は適当に相槌を打って、彼女をあしらった。彼女も元気になったものだ。どうせ、彼女を心配していた私の苦労は、誰も知らないのだろうな。しかし、こんな風に、時間の流れが嬉しくなる日が来るとは思わなかった。  気付くと、家無さんの隣に多田野さんがいて、彼女も同様に商品を勝手に持ち出してはブザー音を鳴らしていた。二人は顔を見合わせて笑っている。そんなに楽しそうならと興味が湧いたが、謎のプライドが邪魔をしてきた。私はもう、子供ではない。 「お客さんが来たら、すぐにやめてね」 「「はーい」」  万引き防止システムとして最新技術を導入した当コンビニだったが、思いの外、客受けがよく地域で話題となった。決して都会ではない町で、目新しいものに惹かれるのは当然かもしれない。  特に学生には人気があり、システムの裏をかくために足繁く店に通う子までいた。彼らは何度も異なる方法で万引きに取り組むが、うちの売上金に貢献するだけだった。なんだか、ギャンブルにハマる中年男性みたいで、将来が心配になる。  それでも、たまに見逃しが発生し、決済されない場合があった。そのときには、常に目を光らせている家無さんの出番だった。彼女は店内に設置された多数のカメラより鋭い眼力で、客の様子を伺っていた。そして、決済と持ち出した数が合わないときには、素早く対応したのである。  このようにして、順調に店の売上は伸びていった。在庫の数が合わないこともなくなった。すべてが順調に思えたとき、私達のところへと一通の手紙が届いた。
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