手紙

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手紙

「万引きキッド」 多田野さんが手紙をつまんで首をかしげる。店の事務所で、私達はその手紙を囲んで座っていた。瞬時に反応したのは、家無さんだった。 「これは、事件です」  彼女は、さも重大なことであるかのように宣言すると、スマホを取り出して写真を撮った。バイト代もずいぶん溜まったらしい。スマホを買うよりも前に、どこかで賃貸契約して、住み込みを解消してほしいのだが。 「『一週間後、この店からチロルチョコを万引きしてみせよう』だって」  続いて手紙の内容も読み上げる。すかさず、家無さんが写真を撮った。 「写真なんか撮ってどうするの」  私も同じ疑問だった。 「これは、有名な万引き犯の犯行です。ツイートして情報を共有する必要があります。巷を騒がせる万引きキッドがまさか、ここにも現れるとは。そうだ、警察にも通報しましょう。これは立派な犯行声明ですよ」 「わかった」  私と多田野さんは半ば押し切られる形で、警察へと連絡した。 この件がSNSでは大きな話題となっていることは、家無さんを通して後で知った。  後日、警察の調べにより、手紙を出したのは、私が懲らしめた万引きの小学生だと判明した。手紙の字も丁寧であったが手書きで、警察は一瞥して偽物だと確信していた。本物は、印刷されたものらしい。  それを知り、私達の熱はすぐに冷めたのだが、ネットの人々はそうではなかった。家無さんの投稿を火種に、例の犯行声明を本物だと思い込んだ人たちが、万引きキッド関するツイートをして、お祭り騒ぎとなっていた。特に盛り上がっていたのは、万引きキッドの手口に関する議論だ。うちと同じ最新システムを導入した店で万引きに成功した経験があるという自慢話と共に、様々な手段が提案されている。  その中でも特に、有力とされていたのが、集団で店に押し入る方法だった。有志の方の、数々の実験結果に裏付けされた憶測は、現実的な終着点へと到達したのだ。しかし、万引きキッドは単独犯だと噂されていたこともあり、その説は否定されつつあった。その後、だからといって一人で確実に万引きできる手段が提案されることはなく、この議論はこのシステムの堅牢さを証明してみせただけであった。    そして、このお祭りの火消しとして警察が真実を公にしようとしたとき、とある動画がネットに投稿され、それは瞬く間に拡散された。  『偽物の万引きキッドが現れた件について』という動画は、例の手紙が偽物であること、チロルチョコを万引きすると思われて恥ずかしかったこと、それから捜査が遅い警察への叱責という流れだった。特に警察への叱責は動画の半分を占めており、彼の羞恥心は限界に達していたことがわかった。チロルチョコくらいは万引きせずに買うと何度も怒鳴っていたから。  そして、動画の最後に、新たな犯行声明が掲示された。偽物の犯行声明と同じ時間に、うちの店で一番高価なものを万引きすると。  犯行日まで、残り三日の出来事だった。
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