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少なくなったナッツの補充をしながら、彼の様子を伺う。
年齢は30半ばだろう。
『自分の魅力を最大限引き出すために服を着る』とはこの人のためにある言葉なのかもしれないと思えるほど、クラシックなスーツが似合っている。派手さがなく一見地味に見えるが、控えめな光沢感のある無地のブルースーツに、無地のネクタイを合わせた着こなしは完璧で、男性の色気と内面の魅力を引き立てる。腕時計が日本製なのもなかなか素敵だと思った。
そんな事を考えながら彼をチラチラ見ていて、夏はお客さんのグラスが空になっているのに気がつかなかった。
「おすすめのカクテル。ウイスキーベースで何か作ってもらってもいいかな?」
彼は空になったグラスを傾けた。
「はい……カクテルですね……ドライマンハッタンでよろしいでしょうか?」
好みの男性に見惚れてしまっていたのを悟られないように、いそいでバーテンの顔になり、接客スマイルで返事をした。
「いいねお願いします」
彼はうんと頷いた。
かなりドライで辛口、かつアルコール度数も高い、
男のためのマンハッタンといった感じのカクテル。
彼にぴったりだ。
慣れていないレシピで尚且、バーテンダー泣かせのマンハッタンを夏はさも得意であるかのように格好つけてステアした。
夏は童顔のせいで年齢よりも若く見られる。
甘く見られないように、できるだけプロ意識を持って接客するように心がけている。
空になったグラスを下げ、マンハッタンを男性の前に置いた。
いつもならきちんと量を測ってグラスに注ぐ。けれど今日は緊張してしまったのか、グラスの淵からあるれ出しそうになっていたのでお客さんから見えないように少し中身を捨てサーブした。
このカクテル『ドライマンハッタン』がまさかの事態を巻き起こしてしまう原因になろうとは、夏は思ってもいなかった。
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