錯誤ピーピング・トム

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「その、盗聴器にはいつ気付かれました?」  鷹司の問いに、物理学者は澱みなく答える。 「たしか火曜日の夜ですね。今シーズンの出番が終わったので、ラジオを片付けようとしたときに」 「……今日は土曜日ですが? もっと早く通報しようとは思わなかったんですか?」 「ええ、平日は研究と講義がありますので。通報した場合、このように」  事情聴取になるでしょうから、と平然と応える山科に、鷹司はちょっと絶句した。盗聴されていることが解っていながら、数日間放置できる神経が分からない。  盗聴より仕事が大事ってか。  なんとも砂を噛むような気持ちを味わいつつ、鷹司は努めて気持ちを切り替えた。盗聴器にはいくつか種類があるが、仕組みと値段と手に入れやすさは正確に比例する。  先ほど山科がラジオと言っていたことからも、彼が見つけたのも最も簡易的なFMを使った盗聴器であろうことが分かる。たしかにラジオを聞いているとき、妙な雑音を拾って盗聴に気付くことはままある。 「なるほど、そこでハウリング、いや、リアルに聞こえる音と同じ音が流れるチャンネルがあったと?」 「ええ、ちょうど近所を救急車が通りましたので、その音が」  間違いない。 「それで、その盗聴器はいまお持ちですか?」  と鷹司は提出を促すように手を出す。まずメーカと指紋だ、と脳内でその後の算段を立てていると、山科は衝撃的な事実を告げた。 「あ、いえ、まだそのままです」 「は? え、ええっ、まだ付けっぱなしいうんですか?」 「あのタイプは外されたら気が付くでしょう。そうなると捜査がやりづらくなるかと思いましたので」  それは……そうなのだが。  盗聴されているのが分かっていて、尚かつそのままとは……鷹司は呆れるを通り越してすこし、薄ら寒くなった。この青年は何者だ?  もしくは、何か心当たりがあるのか。  そんな疑問が浮かんだが、鷹司は場を変えようと咳払いを一つ。予断は禁物だ。 「ご協力感謝します。それでは、これから現場、失礼、お宅にお邪魔しても?」 「ええ、ぜひ」  涼しい顔で頷く山科に、また拍子抜けする。冷静で論理的で、しかし危機感は薄く他人事。妙な男だ。
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