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「でも先々週の出張のときは、一度も小林先生のお宅に行けてへんの。ほら、この時期はお墓参りの人も多いし、紅葉の観光客もようけ来はるから。ちゃんと行けとったら窓も閉められたんよ。ごめんなさいねえ」
「いや、もし侵入者と鉢合わせしてたらシャレにならないです、良かったですよ、本当に」
と真剣に心配する山科に、しっかり普通の感覚もあったのかと少しほっとする。
しかし、話を聞けば聞くほど、山科青年及び小林投手と親しく、ほとんど母親のように世話を焼いているマリさんであるが、やはり捜査に絶対はない。
「それで、最後に齋藤さんが小林家を訪問されたのはいつですか」
「先生が出張に行かはる前の週? 冬の前に植木屋さんに来てもらわな、いうて、その話やった?」
「そうですね、ひと月近く前、○日になりますね。たしか栗をいただいて、翌日、研究室に持って行ったので間違いないです」
さすが、真新しいスマホでスケジュール管理をしているらしい山科が画面をタップしている。「せやった、栗ご飯は冷凍できるかいう話したねえ」と言うマリさんに、頷き返す鷹司だったが、内心落胆していた。
そのタイムラグでは、たとえば近所のコンビニ等の防犯カメラも期待は持てない。だいたい数週間で上書きされるからだ。植木屋に裏を取るとして、この婦人がその後、小林家を訪れていないという証拠は別に必要である。
「でもその盗聴器? ほんまにたかちゃんが目的なん?」
「は?」
いやね、と湯飲みを各人の前に置きながら、マリさんは小首を傾げる。
「先生が目当て、いうことはないの?」
え? と眉根を寄せる山科の一方、「やっぱりそう思いますよね?!」と鷹司と前田巡査の声が揃ったところで、山科は整った顔を更に顰めた。
「だって、たかちゃん……特にそういう、なんていうかスキャンダル?みたいな、聞かないやないの。週刊誌とかに記事かて出たことないし」
もうちょいそういうのあってもいいと思うにゃけど、という不謹慎なマリさんの談に、しぶしぶという態で山科が答える。
「……いつかあったじゃないですか、▲▲▲の女子アナだかレポータだかと」
「あれ、祐輔君のファンやった子でしょう。なんかこう、私の方ががっかりしたわ」
それは言いがかりでは、と呟く前田巡査は無視して、マリさんの疑念の根拠を聞き出そうとした鷹司だったが、なかなか二人の会話には口を挟む隙がない。
「そういうキャラやないし、スクープいう感じもないし、たかちゃんより先生のストーカーの方がありそうやない?」
「でも逆に激レアです。マニアは何処にでも居るので、あの家を盗聴するなら穂高目当ての方がメリットが多いです」
あまりにあけすけなマリさんの言い様に、全然フォローになってない山科のやり取りが既にコントだった。
「私が目的なら研究室に仕掛けるか、車にGPSを仕掛けた方が得策でしょうね。それより、スマホにソレ用のアプリを仕込んだ方が効率的かも知れません」
「えっ、そんなんあるの?」
「あるんですよ」
最近、急速に普及しつつあるスマートフォンの弱点は情報セキュリティの脆弱性である。
確かに山科の言うとおり、他人のスマホに勝手に盗聴・追跡アプリを入れる、という事件もまま起きていた。
「ほんなら、たかちゃんはそっちの方が危ないことない? 隙が多い子やから」
「ああ、あいつまだケータイなんで大丈夫じゃないですかね」
「え、まだ?」
金持ちだろうに……と、声に出さずに付け足した鷹司だが、スポーツ選手には新しい物好きが多いというのもまた思い込みであろう。むしろスポーツエリートとして世間知らずのまま成長し、IT機器が苦手な輩も多いのかもしれない。
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