覆水盆に返らず

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「古賀あ!」  朝の教室に突然響き渡った大音量。  俺がそっちを見ると、友人の山内が古賀に突進するところだった。胸がざわつく。もちろん辺りも騒然となった。  山内は長身の古賀の胸元につかみかかると、さらに言った。 「ふざけんなよお前!」  やめろ、落ち着け、と周りがなだめても怒れる男子高校生は止まらない。 「ぜってー許さねえからな。一生許さねえ!」 「こっち来い。山内、ひとまず古賀から離れようか。な?」  クラスメイトの協力を得て、俺は何とか山内を引き剥がすと廊下へと連行した。どうすればいいんだこれ。 「わー待て待て、戻らない! そうだ、屋上行かないか?」  試しに提案してみると、意外と大人しくついてきたので、俺達2人は上に向かった。  朝は入れないかと思ったが、屋上の鍵は開いていた。ここなら嫌な気分も和らぐだろう。清々しい空――は曇りで、癒しの花壇――は葉っぱだけだが、とにかく、少しはリフレッシュできるはずだ。  それにしても、何があったのだろうか。山内は割と感情を表に出す方ではあるが、こんな風にどなったり、手を出したりするのは初めて見た。 「それで、どした?」  秋の風がサアサア吹く。村上、と山内は元気のない声で言った。 「殴ってくれ……」 「は?」 「頼む!」  かと思うと、唐突に山内は地面に膝をついた。土下座だ。まさかリアルで目にするとは思わなかった。 「……情緒不安定か」  さっき怒っていたのは何だったのか、と呆れていると、山内は首を横に振った。 「違う。頭を殴られれば、忘れられるかも知れないだろ……」 「何を」  ぐうう、と山内は声にならないうなりを上げた。 「ルビーとウミがこの後、この後……あああ!」 「……」  俺は察した。確か古賀はコミックス派だった。山内はアニメ派。  残念ながら、食らってしまったネタバレをなかったことにはできない。それがこの世界の定めだ。  
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