洋館の幻

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―――――― ヒロくんとは、大学の時に出会った。 一年先輩だったけれど、同じ学科で、同じ授業が多かったから、自然と仲良くなった。 いつも優しい笑みを浮かべながら、おしゃべりな私の話を聞いてくれる、穏やかな人だった。 デートと言っても、お互い一人暮らしだったから、どちらかのアパートに行くか、近くのお店をショッピングする程度。 それでも満足だったけれど、やっぱりどこか行きたいなと思って、ある暑い夏の日に提案してみたことがある。 「夏だから、どこか行かない?」 と。 ヒロくんはいつもの優しい笑みを浮かべて聞き返す。 「どこに?」 「この前ね、あまり知られていない心霊スポットがあるって聞いたの」 そう言って私はスマホの画面を見せる。そこは古い洋館だった。 「『本物の幽霊屋敷』って呼ばれているらしいよ」 「ふーん。どこにあるんだ?」 私はスマホを操作して地図を出す。所在地を示す赤いピンは、ここから遠く離れた山奥を示していた。 それを見てヒロくんは渋い顔をする。 「こんなところ、行かれないよ」 それもそうだねと、私は肩をすくめる。 その時はただ、言ってみただけだった。こんな場所があるよと。 付き合ってから二年がたって、ヒロくんのほうが先に社会人になった。 大手企業の内定をもらったとヒロくんから聞いたときは、本当に本当に嬉しかった。 「喜び過ぎ」と照れつつも笑みを浮かべるヒロくんにたしなめられるほど、喜んだ。 ヒロくんが、すごく頑張っていたことを知っていたから。 でも、ヒロくんが本格的に働き始めてから、少しずつ会える頻度が減っていった。 初めのうちは忙しいからと思っていたけれど、休日ですら会えなくなった。 同居しようと言っても断られた。ナナミはまだ学生だから、なんて少し古臭いことを言って。 「それにナナミは、俺と付き合っていること、両親に言ってないんだろう?」 「うん」 「それなのに同居なんて無責任なこと、できないよ」 そんな生真面目さに思わず笑ってしまったけど、まだ私を想ってくれているんだと思って、嬉しくなった。 でも、やっぱりなんだかおかしい。 ヒロくんはアパートの合鍵を渡してくれることはなかったし、たまに呼ばれてヒロくんのアパートに行くと、微かに、私の知らない香水の香りがした。 その違和感を友達に話すと、 「浮気されてるんじゃない?」 と言われた。 ヒロくんが、浮気? そんなはずない。 いつも優しくて、穏やかで、そばに、いてくれて……?
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