1人が本棚に入れています
本棚に追加
――――――
ヒロくんとは、大学の時に出会った。
一年先輩だったけれど、同じ学科で、同じ授業が多かったから、自然と仲良くなった。
いつも優しい笑みを浮かべながら、おしゃべりな私の話を聞いてくれる、穏やかな人だった。
デートと言っても、お互い一人暮らしだったから、どちらかのアパートに行くか、近くのお店をショッピングする程度。
それでも満足だったけれど、やっぱりどこか行きたいなと思って、ある暑い夏の日に提案してみたことがある。
「夏だから、どこか行かない?」
と。
ヒロくんはいつもの優しい笑みを浮かべて聞き返す。
「どこに?」
「この前ね、あまり知られていない心霊スポットがあるって聞いたの」
そう言って私はスマホの画面を見せる。そこは古い洋館だった。
「『本物の幽霊屋敷』って呼ばれているらしいよ」
「ふーん。どこにあるんだ?」
私はスマホを操作して地図を出す。所在地を示す赤いピンは、ここから遠く離れた山奥を示していた。
それを見てヒロくんは渋い顔をする。
「こんなところ、行かれないよ」
それもそうだねと、私は肩をすくめる。
その時はただ、言ってみただけだった。こんな場所があるよと。
付き合ってから二年がたって、ヒロくんのほうが先に社会人になった。
大手企業の内定をもらったとヒロくんから聞いたときは、本当に本当に嬉しかった。
「喜び過ぎ」と照れつつも笑みを浮かべるヒロくんにたしなめられるほど、喜んだ。
ヒロくんが、すごく頑張っていたことを知っていたから。
でも、ヒロくんが本格的に働き始めてから、少しずつ会える頻度が減っていった。
初めのうちは忙しいからと思っていたけれど、休日ですら会えなくなった。
同居しようと言っても断られた。ナナミはまだ学生だから、なんて少し古臭いことを言って。
「それにナナミは、俺と付き合っていること、両親に言ってないんだろう?」
「うん」
「それなのに同居なんて無責任なこと、できないよ」
そんな生真面目さに思わず笑ってしまったけど、まだ私を想ってくれているんだと思って、嬉しくなった。
でも、やっぱりなんだかおかしい。
ヒロくんはアパートの合鍵を渡してくれることはなかったし、たまに呼ばれてヒロくんのアパートに行くと、微かに、私の知らない香水の香りがした。
その違和感を友達に話すと、
「浮気されてるんじゃない?」
と言われた。
ヒロくんが、浮気?
そんなはずない。
いつも優しくて、穏やかで、そばに、いてくれて……?
最初のコメントを投稿しよう!