洋館の幻

3/5

1人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
不安になった私は、友達数人と協力して、ヒロくんをそれとなく探ってみることにした。 数日後の夕方、友人の一人から連絡があった。 「今ヒロを見かけたんだけど、女と一緒に歩いてる」 メッセージと共に写真が送られてくる。 「そこに行く」 と返すと、友人は場所を教えてくれた。 私がその場に着くまでに、二人はカフェに入ったと友人は知らせてくれた。 私は友人にお礼を言って、二人のいるカフェに入り、ヒロくんのいる席に向かう。 「ヒロくん」 私の声に、ヒロくんは驚いた顔をした。一緒にいた女の人も同じ顔をした。 「少し、話せる?」 「……わかった」 ヒロくんは女の人に「ごめん」と小声で言うと、席を立って店を出る。 「家に行こう」 ヒロくんはそれだけ言って、アパートに着くまでは終始二人とも無言だった。 部屋に入り、リビングに鞄を置くと、ヒロくんはおずおずと口を開いた。 「さっきカフェで一緒にいた人は、会社の同期で。帰り道が一緒だから仲良くなって……」 しどろもどろに話す彼に詰め寄る。 「それじゃあ、最近会えない日が多いのは?」 「それは忙しいから」 「カフェに行く時間はあるのに?」 「……」 「それから、友達に聞いたよ。私が貸したお金、ほかの女の人とのデートに使っていたんでしょ」 付き合い始めて半年くらいたったころから、ヒロくんはたまにお金を貸してと言ってくるようになった。 些細な金額だったから貸していたけれど、返してくれたことは数度しかなかった。 つまり彼は、その時から浮気をしていたのだ。 そのことを問い詰めると、彼は諦めたようにため息をついた。 その顔にはいつもの笑みはなくて。冷たく、私を見ていた。 「まあ、前から束縛キツイとは思ってたけどさ。じゃあ、何?別れればいいの?」 「その前に、お金は返して」 「あんなはした金」 「はした金って、合わせればいくらになると思っているの!?」 私は思わず叫んで彼につかみかかる。 「うっさいな。(だま)されるほうが悪いんだよ」 「そうやってずっと(もてあそ)んでたの!?」 「そうだよ」 バカにしたような彼の笑いに、思わず私は殴りかかろうとする。 それよりも少し早く、彼は私を突き飛ばした。 あ、と思った時には遅かった。 私の体は後ろに倒れ、テーブルのかどに頭を打ちつけ。 電気を消した時のように、暗闇が一瞬広がって。 気が付けば、私は自分の体を見下ろしていた。 彼は私の体をゆすっていた。 「ナナミ、ナナミ」 と何度も私の名前を呼びながら。 しばらくそうしていて、私の体がもう二度と動かないと知ると、その場に力なく座った。 数時間、彼は動かなかった。まるで私と同じように、魂が抜けたみたいにそこに座っていた。その顔は、絶望で満たされていた。 やがて日が傾き始めて、オレンジの光がカーテンの隙間から私と彼を照らした。 ふらりと彼は立ち上がって、財布だけを持ってアパートを出ていき、日が完全に沈んだころ、彼は戻ってきた。 大きな大きな黒いボストンバッグをもって。 それを私の前に置くと、苦労しながら私の体をバッグに押し込んだ。 しっかりとファスナーを閉めると、重そうにそれを持ち上げて、抱えるようにしながら車まで運んだ。 後部座席の足元にそれを乗せると、彼はどこかへと車を発進させた。 彼は気付かなかった。彼が動かなかった数時間の間に、私はほんの少しの時間だけ自分の体に戻ることができて、指先を少しだけ動かせたことに。 彼がすぐに救急車を呼んでいれば、きっと私は―― ――――――
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加