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「あら、まあ。陳腐なお話ね」
カーテンコールが終わり、役者たちは舞台袖にはける。
明るくなる広間。
千代子は扇子で口元を覆いながら、残念そうに眉尻を下げて感想を漏らした。
いつの間にか正治の姿はどこかへと消えていた。
「あなた、大丈夫?顔が真っ青よ」
と、千代子は男の顔を覗き込む。
男は震えていた。おびえていた。
なぜなら、これは。
自分の話だから。
男がこみ上げる吐き気をどうにか抑えていると、千代子が立ち上がり、入り口のほうを見た。
「あら、主役の登場ね」
妖しく微笑み、千代子は言う。
男がゆっくりと千代子の視線の先を追うと、そこには、いるはずのない人物がいた。
車の後部座席の足元に置いてあるはずの『荷物』が。
正治の案内で広間に足を踏み入れる。
男は椅子を倒す勢いで立ち上がった。
「ナナ、ミ……?」
呆然とする男を横目に見てから、千代子はナナミに語りかける。
「あなたのお話、確かに見届けたわ。どうするかは、あなたが決めなさい」
そう言って千代子が扇子を一振りすると、それは刃が鋭くきらめく短剣に変わった。
千代子はその短剣をナナミに渡す。
ナナミは短剣を手に、ゆっくりと男に近づいた。
男はおびえたようにナナミを見る。
「待ってくれ、あれは事故だったじゃないか!」
「そう思うなら、どうしてすぐに救急車を呼んでくれなかったの?隠そうとするの?」
「俺は……」
「覚えておいて。女の恨みは恐ろしいんだよ」
ナナミは短剣を持つ手に力をこめる。
「私はいつでも見ている。たとえあなたが罪を償ったとしても、生きている限りは、いつでも」
ナナミは立ち尽くす男に向かって短剣を振り上げ――
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