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「俺は一人参加じゃないですよ。ただ一緒に来た友達と席が離れただけで。だから話しかけてもらえて助かりましたし、お陰様で楽しい式ですよ」
「それは随分な、はは、ごめん、ひどい話だね。はは、ああ申し訳ない、笑いがちょっと、止まらないな」
男は汚れてもいない口元をナプキンで抑えて笑い続けた。
これは狂ったほうの猿だ、と確信した俺は再びわけのわからない盛り付けと格闘すべくナイフとフォークを手に取った。
「いや失礼。あまりにひどい話だったものだから、笑いすぎてしまった。ご友人と離されて、ひとり主賓のテーブルに放り込まれて、僕みたいなのに絡まれて、とんだ災難だ。それでもほら、僕らのテーブルは主役の席の飾りみたいなものだから、楽しい雰囲気を出さないとならない。僕みたいなのとでも歓談しようじゃないか。ワインがもう空だ、お代わりをもらおう」
男がスマートにサービススタッフを呼んで、勝手に俺のグラスにワインを注がせた。その間に自分のグラスに僅かに残ったワインを飲み干すと、そちらにも注ぐよう指示した。
「ぼくはね、もう分かっているだろうけど、桜木くんの元彼だよ。きみは違うみたいに見えるね、反応を見るに」
「そりゃそうですよ。真っ当な友達です。ただ告白はされたことがありますけど、きちんと断って、彼も納得して、今でも友達です」
「それだけでこの席行きなのかあ。本当にそれだけなのかな。はは、まあいいや、飲んで、楽しく、大道具としての役割を果たそうじゃないか」
桜木くんの幸せに乾杯、とグラスを持ち上げで男が言うので、俺も合わせてグラスを上げた。自棄になって一気に半分飲んでしまうと、喉が焼けて気持ちがいい。
ソースやら葉っぱやらそら豆くらいの大きさの謎のシュークリームの皮のようなものを全部無視して、フォーク一本で真ん中のフォアグラのようでフォアグラでないなにかを口に入れると、散らかった皿の端に、食べ終えましたというマナーの通りにフォークとナイフを揃えて置いた。
脂っこい唇をナプキンで拭い、グラスの残り半分のワインを呷って空にする。
男がスマートに左手を挙げて、サービススタッフを呼んだ。
薬指には指輪が光っていた。
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