机の中のメッセージ

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夏休みが終わり、新学期が始まった。 久しぶりに会ったクラスメイトに挨拶をしながら、私は教室の自分の席に座った。 鞄に入れてきた教科書を机の中にしまおうとした時、指先に何かが触れた。 中を覗いてみると、机の奥に紙切れのようなものが入っていた。 手を入れてそれを掴むと、それはクシャクシャに丸められたノートの切れ端のようだった。 何か字が書かれている。 紙を広げてみると、そこには 「田宮健太郎に近づかないで」 と、何度も直線を書き殴ったような文字で書かれていた。 田宮健太郎というのは、隣のクラスの男子で私の幼稚園からの幼馴染み。 楽天家で女の子に優しい。 けど、本当は負けず嫌い。 顔もまぁまぁイケメンで、身長も随分と高くなった。 私達は家族同士でも仲が良くて、この夏休みも一緒にキャンプに行った。 剣道部に所属している健太郎は、どうやらモテるらしい。 私には恋愛感情はないけど、健太郎と話をしているだけで、後で知らない女子生徒から意地悪をされたりもした。 私は気にしなかったけど。 この紙切れも同じだと思った。 「どうしたの、それ」 ギリギリで登校してきた親友のリカが、私が持つ紙切れを覗き込む。 「なーんでもない。ただのゴミよ」 私は紙切れを丸め、ゴミ箱へ捨てた。 リカは、「ちゃんと整理整頓しないとだめよ」と笑って席に着いた。 新学期早々にそんな紙切れを入れられ不安に思ったが、休み時間に友達と笑いあったり、リカと昼食を食べたりしているうちにそんな思いは消え去った。 何事もなく一日が終わり、紙切れの存在すら忘れていた。 だが、次の日もまた机の中にくしゃくしゃの紙切れが入っていた。 そこには、 「消えて消えて消えて消えて消えて消えて。どうしてそんなことするの。」 と書かれていた。 紙切れは、その翌日も、その次の日も机の中に入っていた。 「いなくなれいなくなれいなくなれいなくなれ。私はこんなに傷ついているのに。」 「見ないで見ないで見ないで見ないで見ないで見ないで。壊したくなる」 その筆跡はさらに乱暴になっていき、恐怖を感じるようになった。 一体、誰が入れているのか。 健太郎の事が好きな生徒だということはわかるけれど、それだけでは絞れない。 同級生なのか、後輩なのか、それとも先輩なのか。 それでも、このクラスの中で疑わしき人物が一人いる。 窓際の一番後ろの席に座るアイバという女子生徒。 私の机に嫌がらせの紙切れが入るようになってから、ちょくちょく私のことを見てくる。 目が合うとすぐに逸らすが、またすぐにこちらを見てくる。 しかも、その表情は少し笑っている。 戸惑う私を見て、面白がっているように見える。 けれど、確証がないから問い詰めることも出来ない。 放課後、リカと二人で待ち伏せをしてみることにした。 犯人をとっ捕まえて、健太郎とはただの幼馴染だと伝えるために。 リカは塾があると言うのに、快く付き合ってくれた。 リカは大切な友達。 いつも私の悩み事や頼み事を、嫌な顔もせず聞いてくれる優しい子。 本当は嫌なのかもしれないけど、そんなリカに私は感謝している。 帰りのチャイムが鳴って、教室にいた生徒達が去っていった。 最後に私達も教室を出て、入口が見える場所で隠れて待っていた。 日が暮れて、廊下も教室も夕陽の色に染まっても、誰も教室にやってこない。 廊下を歩く生徒すらいなかった。 そのうち廊下も暗くなってきて、今日はきっと来ないんだと思った私とリカは帰ることにした。 玄関で靴を履き替えながら、 「今日はごめんね。変なことに付き合わせちゃって」とリカに謝った。 「いいよ。気になるもんね」 「まったく、健太郎のおかげで……」 と話していると、体育館へ続く廊下の向こうから、手に持った学生鞄を肩に背負った健太郎が来た。 私の顔を見るなり、「おう!」と片手を上げて近づいてきた。 「珍しいじゃん。こんな時間まで残ってるなんて。居残り勉強か?」 と健太郎は意地悪く笑った。 「違うよ!健太郎、あんたのせいなんだからね」 「何が?」 「なんでもない。リカ、行こ」 何も知らずにニコニコと笑ってる健太郎に腹を立てながら、リカと二人で帰ろうとした。 「待てよ。近所なんだし、一緒に帰ろうぜ」 と、健太郎も靴に履き替えて追いかけてきた。 「別の子と帰りなよ! 健太郎はモテモテなんだから」 不貞腐れながら足早に歩く私に苦笑いを浮かべるリカ。 「何だよ、俺がモテることに妬いてんの?」 笑いながら私たちの後ろをついてくる健太郎。 挙句、「鞄持ってやろうか」なんて言ってくる。 でも健太郎はリカに気を使っているのか、私達の会話を邪魔しない程度に、少し距離を取って歩いていた。 しばらく歩くと、リカと別れる十字路に着いた。 私は「今日はありがとうね」とリカに伝え、「また明日ね」と言って手を振り別れた。 すると、健太郎は私の横に来て、「お前ら相変わらず仲がいいな」と言いながら、今度は二人並んで歩き出した。 こんな事しているから、勘違いされるんだよなぁ……。 なんて思いながらも、別に私は健太郎のことが嫌いじゃないし、むしろ一緒にいると楽しいし。私はいつまでもこの関係を望んでいた。 そして、私の家の前で「また明日」と言って健太郎と別れた。 翌日、私は廊下を歩きながら、今日は嫌がらせの紙切れは入っていないと確信していた。 だって、昨日はリカと見張っていたけど、怪しい人物はいなかったのだから。 私は心軽やかに教室の中に入った。 自分の席に鞄を置いて座ると、確認のために机の中を覗いた。 あった。 薄暗い机の奥に見えたくしゃくしゃの白い紙。 怒りで握りしめるように掴むと、いつもとは違う感触があった。 紙切れを広げると、そこには文字とともに潰れた虫の死骸が入っていた。 虫の体液が紙切れにこびり付いた。 紙切れには、 「許せない許せない許せない許せない許せない許せない。誰にも渡さない」 と書かれていた。 ふと視線を感じて私は振り返った。 すると、窓際に座っていたアイバさんがこちらを見てフッと笑った。 アイバさんの仕業なのだろうか。 でも、証拠がないのに犯人扱いなんて出来ない。 どうしたらいいんだろう。 昼休み、リカに相談をしてみた。 このままでは埒が明かないから、先生に相談してみようか迷っていると。 リカは、その意見に難色を示した。 理由は先生に伝われば、嫌がらせが余計に悪化するから。 それをリカは心配していた。 リカは小学生の時、クラスメイトの女子生徒達にいじめを受けていたらしい。 仲間外れにされたり、陰口を叩かれたり、足をかけられ怪我もした。 勇気を出して担任に相談したけれど、先生は思い込みだと言って真摯に対応をしてくれなかった。 挙句の果て、先生にチクったことがばれていじめっ子の怒りを買い、それ以降は靴に画鋲を入れられたり、押し倒されたりと、いじめが酷くなったという。 辛くて何度も死のうと思ったが、それでもなんとか我慢をして卒業をした。 そして、リカは家族と一緒にこの町に引越し、今の中学校に入学した。 そんなリカは、今がとても幸せだと言っていた。 確かに、先生はこの程度では動かないだろうし、そうなると嫌がらせが増えるかもしれない。 私は担任に相談することをやめたのだった。 放課後、リカはお母さんとの約束があると言って先に帰った。 私は嫌がらせの紙切れを丸めてゴミ箱に捨てると、そのまま体育館に向かった。 体育館では剣道部が練習をしていて、掛け声や笛の音、床の踏み込みや靴がなる音が聞こえてくる。 健太郎はそこにいる。 体育館には、健太郎目当ての女子生徒も来ているだろう。 もしかしたら、疑わしき人物が分かるかもしれないと、私は体育館の中を覗いた。 体育館ではバスケ部と剣道部が分かれて練習をしていた。 剣道部はみんな防具をつけている。 なのに、仕草で健太郎のことがわかる。 健太郎が面打ちをする度に、壁際で見ている女子生徒達が歓声を上げた。 みんな健太郎に夢中で、私の方を見る人は誰一人としていなかった。 それは練習が終わるまで変わらなかった。 練習が終わり、面具を取った健太郎が私に気づいて近づいてきた。 「お前が見学なんて珍しいな」 「ちょっとね。あそこにいる女子生徒、みんな健太郎目当てだね」 「違うよ。ただの見学。部に入ろうか迷っているらしい」 「そんなはずないじゃん」 「なんだよ。惚れたのか?俺に」 私の顔を見ながらニヤニヤと笑う健太郎。 「はいはい。先に帰ります」 私は呆れながら、体育館を後にした。 「待てよ。俺も帰るよ」 と言って、健太郎は走って追いかけてきた。 私はその日も健太郎と帰ることにした。 体育館にいた女子生徒の数人が健太郎と一緒に帰りたいと誘っていたが、健太郎が断ると素直に引き下がった。 みんないい子だよ。 なんてモテ男みたいな発言とその笑顔に私は少し腹が立った。 誰のせいで私がこんな苦労していると思っているのか。 「なんだよ。何か悩みでもあるのか?」 ふいに健太郎がそう言った。 「眉間に皺が寄って不細工になってるぞ」 「うるさい!」 私は健太郎の尻を蹴った。 健太郎に相談するべきなのか、悩んでいるうちに家の前についてしまった。 「何か困ってることがあるなら遠慮なく言え。ラーメン1杯で助けてやらないこともないぞ」 「そこはただじゃないのかよ」 健太郎は笑いながら帰って行った。 明日もしあったら、アイバさんに問いただしてみよう。 そう決めた。 翌日、教室に着いた私は恐る恐る机の中を覗いた。 やはり、しわくちゃの紙切れが入っていた。 紙切れを広げると、もう一枚折り畳まれた赤い紙が入っていた。 広げると、長方形の赤い紙の中央には記号と漢字が、左には健太郎の名前が、右には私の名前が書かれていた。 それ以外の漢字は読めないが、それは何かの護符のように見えた。 そして、白い紙切れの方には 「呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪。」 と書かれていた。 私はそれを握り潰した。 それを見ていたリカが、「またあったの?」と心配そうに私を見た。 「うん……。でも平気」 そう答えた後、私はアイバさんの席の方を見た。 すると、アイバさんはすでに私の方を見ていて、目が合った瞬間ニヤリと笑った。 私は席を立ち、アイバさんに詰め寄った。 なるべく冷静に静かに。 他の生徒達に悟られないように。 「これ、あなたの仕業?」 「なんて書いてあるの?」 「あなたの仕業なら、聞かなくてもわかるでしょ」 「誰の仕業か知りたい?」 「あなたじゃないの?」 「どうして?」 「この紙が机の中に入れられるようになってから、あなたは私をずっと見ているから」 「それは思い違い」 いつも一人でいるアイバさんと話をしているだけで、みんなが高貴な目で私を見てきた。 私は「もういい」と呟き、紙切れをポケットにねじ込んで席に戻ろうとした。 すると、アイバさんは 「放課後にパソコン室で待っているわ。あなた一人で来て。じゃないと、意味がないからね」と言った。 私は何も答えず、自分の席に戻った。 授業が終わり、帰りのホームルームも終わると一斉に生徒達が教室を出て行った。 アイバさんは帰り支度を済ませ、みんなと混じって教室を出て行った。 私はその日、都合のいいことに日直当番だった。 リカはピアノ教室があるからと先に帰った。 日誌が書き終わり、私は鞄を持ってアイバさんに言われた通りパソコン室に向かった。 廊下からパソコン室を覗くと、誰もいないように見えた。 けれど、ドアを開けると部屋の奥にアイバさんはいた。 アイバさんは椅子に座りながら窓の外を眺めていた。 ドアを開ける音に気づいたアイバさんは、私の方を見てやっぱり笑みを浮かべた。 「あの紙切れを入れた人のこと、知っているんでしょ」 「知ってるよ。愛情って怖いよね。それを望めば望むほど心は乾いていき、せっかく得られた愛も独占しようとすれば、人は正常でいられなくなる」 「よくわからないけど。一体、誰なの」 「知ってどうするの」 「誤解を解く。私は健太郎の彼女じゃないって。好きなら、私にこんなことをしていないで告白でもなんでもしな、って」 「告白ね」 「その含んだような言い方やめて。早く教えてよ」 「もう少し待っていてよ。きっとわかるから」 そう言って、アイバさんはまた窓の外に体を向けた。 見下ろすと校庭のトラックで走っている陸上部たちの姿があった。 アイバさんは羨むように見ていた。 「アイバさんは、どうしていつも一人なの」 「変なことを聞くね。楽だからよ」 「つまらないじゃん」 「そう思っているのは群れたがる人達だけ。彼女たちは気が合うふりをして本音は常に隠している。それを出せば嫌われると恐れているから。でも、そういう子たちも時々小さな不満が顔に出る。無意識に。その顔を見るのが楽しい」 「それって悪趣味じゃない?」 「否定はしない」 「変わってるね」 日が暮れてきて、パソコン室も暗く感じるようになった。 「暗くなってきたね。電気つける?」 そう尋ねると、アイバさんは首を横に振ったあと、突然椅子から立ち上がった。 「来たよ。きっと」 そう言うと、アイバさんは口元に人差し指を立てながら、静かにパソコン室の出口に向かった。 パソコン室のドアに立っていると、どこかの教室のドアが開く音がした。 アイバさんはパソコン室のドアをゆっくり開け、こっそりと廊下を覗いた。 体を一瞬引っ込めた後、私に静かについてきていたと言って廊下に出ると、こっそりと教室に向かった。 教室の中から、僅かに聞こえる物音。 ドアから中を覗くと、薄暗い教室の中で立ち尽くしている女子生徒の姿が見えた。 その子が立っている場所は私の席のそば。 机の中に何か入れようとしていた。 思わず、ドアを開けて教室内に乗り込んだ。 「人の机に何しているの!」 声に驚いたその子は、ゆっくりと立ち上がり振り返った。 それは、親友のリカだった。 私は驚きのあまり、言葉が出てこなかった。 「バレちゃった」 リカは悪びれる様子もなく微笑んだ。 リカの手から零れ落ちたのは人型の紙人形。 そこには私の名前が書かれていた。 「リカ、健太郎のことが好きだったの?それなら、直接言ってくれれば良かったのに」 「違うよ」 リカはそう言って、床に落ちた紙人形を拾った。 「どういうこと?」 「私が好きなのはあなたよ」 それは衝撃の告白だった。 「どうして……」 「好きだから許せなかったの。あなたと友達になったあの日から、私はあなたが他の女の子と仲良くすることも、男子と会話することも嫌だった。親友になって、それが許せなくなった。特に田宮君は私たちの仲を引き裂く許すまじき存在だった。あなたは私だけのための友達で、私だけのための大切な人で、私だけのための命なの」 リカの心の中には、友達になったあの日から愛とともに嫉妬という愛憎が雪のように降り積もってしまったようだった。 「愛しているの。あなたも同じ気持ちでしょ?」 リカは笑みを浮かべながら、手の平を広げてジリジリと近づいてきた。 「ごめん。リカの思いには応えてあげられない」 とっさではあったが、はっきりと伝えなくてはと思った。 とはいえ、私はリカの顔を見ることができなかった。 どんな表情をしているのか、見るのが怖かった。 すると、リカは叫びながら走って教室から出て行ってしまった。 私はそれを追うことが出来なかった。 机の中にはやっぱりしわくちゃの紙が入っていた。 そこには 「私はあなただけのために。あなたは私だけのために。そうでないならいらない」 と書かれていた。 翌日、リカは学校を休んだ。 私はリカに会うことが出来なかった。 どんな顔をして会えばいいか、わからなかったから。 そして、しばらくしてリカは転校していった。 あれから一度も会っていない。 またしばらくして、机の中に丁寧に織られた紙切れが入っていた。 そこには、「許せない。でも、愛してる」と書かれていた。 その筆跡はリカのものだとハッキリとわかった。 窓際を振り返ると、アイバさんは一人で空を見上げていた。
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