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7 生まれたばかりの物語には
「おめでとう、ドロシー。貴方なら出来ると信じていたわ」
ベッドに上半身を起こしたスカーレット叔母様がゆるやかに私の両手をとる。
「私も見たかったわ、アガサ様の御前で薬草を蘇らせるところを。ドロシー、いつの間にそんな魔術を会得していたの?」
それは。
私は口を噤ぐと、昼間の景色をまじまじと思い返す。
時期尚早に手折られてしまったHerb達は見ているだけで痛々しく、中にはまだ開いていない花の蕾もあった。この子達だって咲けたかも知れないのに、と精一杯抱きしめただけで、他には何もしていない。
集会が終わると、ぐったりと疲れてしまい、私は体を引き摺りながら家に戻って来た。
今でも分からない、自分が魔法を使えるようになったのか。ただ一つ言えることは、
「……昔見たSAMHEIN 祭り、その時を思い返して……スカーレット叔母様の、所作を真似をしたの……」
「まぁ。そうだったのね。それは叔母冥利に尽きるわ」
青白い頬を綻ばすと、ぎゅっ、と私の両手を握りしめる。
細い指。
冬支度前の葉を落とす樹木のように、全身を纏うエネルギーが弱まっている。
「本当に良かったわ。これでドロシーも立派にSalemの魔女として一人前ね」
「……でも、私……まだコントロール出来ていなくて……」
「きっと大丈夫。セーラ姉さんだって、息をするように魔法を使っていたもの」
「……そうだったの?」
「ええ、幼子が戯れるように魔法を使っていたわ。雨降りの来ない夏にふわふわの雲を呼び寄せたり、なかなか熟さないRowanの木に話しかけて実らせたり、西の丘をくるくるとダンスして茸を生やしたり……すると、森じゅうのさまざまな鳥が二人の元へ集まって、その鳴き声でオーケストラが始まったこともあったわ」
「二人?」
「あの頃、セーラはアガサ様といつもご一緒だったのよ」
柔らかなスカーレット叔母様の微笑みを前に、ざわり、と黒い影が脳裏を襲う。
――あれは、見間違いなんかじゃなかった。
逆光の中で玉座に御座すアガサ様は、闇に飲まれていくように空っぽだった。まるで操られる傀儡のようで――。
「これからは一層、アガサ様のお役に立てることでしょうね。ドロシー」
私の手を握り返すスカーレット叔母様の傍ら、窓辺の一輪挿しは水が乾いたまま。あれから、まだミルストウを摘みに行けていない。
この魔法で、もっともっとミルストゥを見つけられるかも知れない。それでも、あの巨大なアガサ様の影の声が引き止める。
……〈外〉へ、出ては、行けない。
カタカタ、とまた、肩が震える。
昼間のおぞましい光景――業火に焼かれるレベッカお姉様や、生きたまま皮膚を剥がされるお姉様に水中に沈められるお姉様方、他にも私の周囲でこの世とは思えない残虐さが、まざまざと広場中に蘇った。
それなのに、誰も驚いていなかった。
集会にいる魔女の誰もが見えていなかった。
――私だけが見えていた。私だけに見せる為みたいだった。
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